リペア社会へのシナリオ(前編)~私たちは幸せなのか?~(2)

 なぜ、スマホのバッテリーはすぐ交換できないのか?短い保証期間、高額な修理費用、交換のできない部品……私たちは昨今の暮らしのなかで、“修理(リペア)すること”から遠ざけられているのだろうか。

修理する権利とは

 「計画的陳腐化」という言葉がある。企業が1年ごとに新製品を売り出し、人びとに前の年の商品を時代遅れだと思わせる販売戦略のことだ。消費者はまだ使えるものでも、新しく買い替えたいという欲求にかられる。それが大量消費の「使い捨て社会」を加速させ、地球環境に負荷をかけていることは間違いないだろう。「壊れたら買い替え」へ消費者を駆り立てる資本主義社会。もはや持続不可能なのは、誰の目にも明らかだ。

 大量生産・大量消費を前提とした使い捨て社会は、持続可能ではない。米国やヨーロッパでは使い捨てをやめ、古くなって壊れたものでも修理してまた使う…、「修理する権利」運動が巻き起こり、今あるものを修理しながら、もしくはうまく利用しながら、長く使う「リペア社会」への動きが活発化してきている(シェアリングエコノミー、リジェネラティブエコノミー、ストック型社会等)。欧米は自戒の念も込めてか、近代化の先駆者として、このあたりの浸透はやはり早い。

修理する権利
修理する権利

    修理する権利(Right to Repair)とは、パソコンやスマホ、車などの工業製品を、メーカーを介さずに消費者が自分で修理できるようにする権利のことだ。アメリカで2010年代初頭に広がり始めた「修理する権利」運動は、メーカーが製品の修理を意図的に制限していることに対する消費者の反発から生まれた。近年、とくにヨーロッパでこの運動が環境政策の一環として推進され、「修理するよりも買い替えたほうが良い」という、これまでの消費行動の価値観に変化をもたらしている。

 「修理=リペア」。リペアは熟練したスキルを必要とする、労働集約的な仕事だ。製造業と違って自動化が難しい。世界的な大企業ではなく、地元の中小企業に利益をもたらす傾向にあったが、従事する者も減り、地域経済を破壊していった。計画的陳腐化や次々と買い替えを促すマーケティング手法により、そもそも修理をしようというニーズも削がれてきた。この状況を改善し、消費者側に修理の機会や選択肢を増やすことで、消費者の権利を守っていこうとするのが、「修理する権利」という概念だ(参考文献:「修理する権利」)。

「計画的陳腐化」

 デザインや色の変更で既存の製品を必要以上に古く見せる「計画的陳腐化」は、消費社会が台頭し始めた1950年代から行われてきた。その後、コンピュータやスマートフォンなどが爆発的に普及した1990年代には、ソフトウェアやOSのアップデート、互換性の切り捨てが戦略的に行われるようになり、買い替えを促す傾向が加速。こうした要因が重なって、私たちにとって修理は、技術的にも経済的にも、身近なものではなくなっていった。メーカーは修理費用を自由に決めることができるようになり、その価格は新しい製品を購入するのと同等か、場合によっては上回ることも。結果的に「修理するより買い替えたほうが安い」という社会的通念が、人々のなかに刷り込まれていったのだ。

 修理を阻むうえで、企業がコントロールする手段の1つに「製品設計」がある。コンポーネントや素材の選択、配置や組み立て、デバイス内部にアクセスするために必要なツールは、修理のしやすさを決めるうえで非常に重要だ。そして今日では多くの場合、物理的な部品と同じように、ソフトウェアはデバイスの動作にとって不可欠である。修理可能性を重視する企業と、修理に無関心か敵視する企業とでは、製品に大きな違いが出る。とはいえ消費者がデバイスを購入する際に、修理を判断の第一条件に据えることはもちろんないだろう。製品の機能、価格、互換性、美しさ、これらすべてが消費者の注意を引こうと競い合う。修理可能な設計かそうでない設計かが明らかになるのは、問題が生じた後だ。そのときになって初めて、修理を前提につくられた製品と買い替えを前提につくられた製品との違いを実感することになる。

計画的陳腐化という建て付けは持続可能か pixabay
計画的陳腐化という建て付けは持続可能か pixabay

 魅惑的な「下取りプログラム」は、純粋に消費者寄りのプログラムのように思える。消費者は新しいスマートフォンを割引価格で購入できるとともに、元のデバイスが責任をもって処分されるという満足感も味わえる。でも下取りプログラムには、大きな欠陥がある。購入価格を下げることで、デバイスの生産と消費を促進してしまうのだ。割引によって消費者には節約となり、企業は利益を減らすが、だからといって新しいデバイスの環境外部性を減らすことにはならない。むしろユーザーを使い捨て消費主義の共謀者に巻き込むことで、環境外部性を悪化させてしまう。

 また、下取りプログラムは新たなデバイスを高値で購入するよう誘惑するだけではなく、中古デバイスの二次流通市場を、企業がコントロールする役にも立つのだ。メーカーが下取り品を再生して再販売するケース、より高価な新機種を製造するためにリサイクルされる場合も。いずれにしても企業は、下取りプログラムを利用することで広範な中古市場に製品を流入させ、新しいデバイスの需要が減少するのを防いでいるのだ。

修理したいと思えるか…

リペアしたいと思えるか パタゴニア公式HP

 1960年代、フォルクスワーゲン・ビートルが絶大な人気を誇った理由は、修理のしやすさにあった。今日、衣料メーカーのパタゴニアは、小さな破れや穴を補修する安価なリペアパッチを販売し、顧客の商品を補修する修理センターを設置。幅広い商品の修理ガイドを発行し、アメリカのあちこちで修理イベントまで開催している。スウェーデンに本拠を置くヌーディ・ジーンズも同様のアプローチをとり、十数カ国でデニムの修理ショップを展開するとともに、移動式の修理ステーションを運営している。

 修理に補助金を出す取り組みもあるようだ。オーストリアの多くの州や都市では、“修理ボーナス”を提供し、修理費の最大50%を補助している。またフランスは2020年、交通量を削減するために、自転車の修理を専門家に依頼した個人に50ユーロを提供するプログラムを開始した。アメリカでは、住居や自動車の修理費を負担するにあたって、州政府と連邦政府の補助金が利用できるケースも生まれてきている(厳しい所得制限などあり)。

 日本ではどうだろうか。21年11月にテックマークジャパン(株)が行った消費者に対する「家電の修理に関する意識調査」によると、国内での修理する権利の認知度はまだまだ低く、今後認知度を拡大していく必要性がうかがえる。しかし、「一度購入した家電はできるだけ長く使っていきたい」という思いは、意外に多いのではないだろうか。物を廃棄するときに、後ろめたさを感じる人は少なくない。このため“修理する権利”という言葉への認知度は低くとも、消費者からのニーズは一定数支持のあるものだと考えられる。

 ただ、日本には修理における法的な障壁が存在する。国内で電波を発する機器を使用するには『技術基準適合証明(以下、技適)』を取得する必要があり、技適マークの付いた機器を無資格者が修理すると、電波法違反に問われる可能性がある。このため国内で本格的に修理する権利を推進していくためには、このような法律も見直していく必要がある。すでに日本の電化製品の多くが海外製で、反対に日本のメーカーもEUや米国の規制に沿った対応が求められていく。そのため、ものづくりに関わる企業を中心に、 日本でも“修理する権利”に関する議論が高まっていくのも時間の問題だろう。

「修理産業」の体系化

 日本が本格的な産業近代化を迎えた1960年から、すでに半世紀以上の年月が経過している。高速道路、橋脚、地下鉄、トンネル、下水管といった社会インフラも耐用年数を迎えつつあるが、メンテナンス技術を向上させることで、賢く使い続ける術の開発が求められている。

修理産業の体系化が望まれる pixabay
修理産業の体系化が望まれる pixabay

    近代社会以降、修理・修繕は新しく物をつくることに対し、常に下位に位置づけられていた。たとえば新築とリフォーム、新車と中古車、新しい靴と修理した靴、新札と旧札を比べてみると、何となく私たちは新しいものに手を伸ばしがちだ。その意識、変えることができるだろうか。すでに日本は、基本的なインフラは十分に整っている。

 人口減少が進む日本社会では、新しい物に価値を置くのではなく、賢く使い続ける技術や知恵が重要になってくる。耐用年数を迎えた物を単純に壊して新しくつくるということではなく、保全し修繕する行動に社会が誘っていく必要がある。先の世界観として、“修理できる街”へ転換していき、さまざまな物を長く使い続けるための修繕・保全技術を積極に使っていくこと。そこに日本の“将来技術”の潜在価値が潜んでいるかもしれない。これからの時代に、総合的な修理・保全に関する知の体系化が必要ではないだろうか。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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