トランプ大統領と孫正義氏の共通点:自分はイエス・キリストの再来だ!(前)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

 ソフトバンク・グループの会長兼社長、孫正義氏の言動は日本のみならず、海外でも大きな話題を提供してきています。最近の同グループの入社セレモニーでの挨拶もそうでした。折からのロシアによるウクライナへの軍事侵攻に触れ、「まさかこんなに悲しい、胸の痛む戦争が大規模に始まるとは思ってもみませんでした。戦争には反対です」と、名指しはしませんでしたが、ロシアやプーチン大統領を非難したものです。しかし、実は、孫氏はプーチン氏とは何度も面談を重ねる間柄でした。

ソフトバンク本社 イメージ    現在進行中のウクライナ戦争の前哨戦ともいわれる2016年のロシアによるクリミア併合の直後、孫氏は来日したプーチン大統領とも親しげに歓談していました。当時、プーチン大統領から「ロシアにきて欲しい」と誘われたので、「是非、行こうと思っている」と語っていました。

 その背景には、ソフトバンクのロシア関連ビジネスが影響していたと思われます。というのは、日本海に海中ケーブルを敷設し、ロシアの極東・シベリア地域から安価な水力発電を日本、中国、韓国に送る「アジア・スーパーグリッド構想」を推進していたからです。この事業は結局、具体化には至りませんでした。しかし、自然再生エネルギー事業に熱心な孫氏はロシアに限らず、中国や朝鮮半島でもビジネスチャンスを見出そうと独自の動きを重ねてきています。

 そんな孫氏が一時、ロシア以上に注目し、大々的に投資を行おうとしていたのがインドネシアの首都移転計画に他なりません。現在のジャカルタが温暖化の影響で水没の危険に直面しているため、ウィドド前政権では東カリマンタン島に首都を移転する国家プロジェクトを推進し始めました。この325億ドルの事業に計画段階から深く関与してきたのが孫氏です。

 孫氏は得意の環境ビジョンを掲げ、「カーボン・ニュートラルを実現し、自然と共生する新たな都市つくりにソフトバンクの経験と技術を投入したい」と息巻いていたものです。ところが、2年前、突然、「インドネシアからは手を引く」と言い出しました。

 これには当時のウィドド大統領も面食らったに違いありません。なぜなら、この国家プロジェクトを担当するパンジャイタン大臣によれば、「ソフトバンクは首都移転計画に対して300億ドルから400億ドルを投資する」とされていたからです。しかし、孫氏は現地をたびたび訪問して実態調査を行った結果、「実現の可能性は低い」と見切りを付けてしまいました。

 というのも、インドネシアの人口はアセアン最大であり、資源も大量に眠っているのですが、経済や技術力が乏しく、孫氏に対しては「首都移転計画の実現のために相当額の投資」が求められていたのです。利に敏い孫氏は素早くそろばんをはじき、採算が合わないと結論付けたのでしょう。当然、インドネシアからは「裏切り行為」とそしられました。そうした際にも、孫氏は「自分は誤解されやすい。イエス・キリストがそうだったように」と奇妙な言い逃れをしています。

 もちろん、ソフトバンクは慈善事業団体ではありません。投資リターンをしっかりと計算したうえでの決断であったと思われます。とはいえ、突然の方針転換による、事業からの撤退ということになったため、インドネシアからすれば「寝耳に水」と言わざるを得ないはず。恐らく、その背景にはソフトバンク・グループの経営が危機的状況に陥っているからではないか、との疑心暗鬼も生まれた様子で、海外の投資ファンドからは孫氏に向けられる目が厳しくなる一方となったものです。

 いずれにせよ、飛ぶ鳥を落とす勢いを内外に誇示していた孫正義氏ですが、相前後する投資判断のブレや損失は大きな痛手になりつつあるようにも見えます。しかし、孫氏は並みの経営者ではありません。投資していた「ウィーワーク」の破綻もあり、2020年に130億ドルの損失を計上した際の彼の言葉は忘れられません。「あのイエス・キリストも誤解され、非難され、罵声を浴びせられたものです。あのビートルズもデビューした当時は人気がまったくありませんでした」。

 事あるごとに、自らをイエス・キリストになぞらえるほどの自信家。それが孫正義氏です。成功と失敗の交差するジェットコースターのような人生を歩んでいますが、「300年後に評価は定まる」と常識に囚われない生き方を追求。

 その観点から見れば、アメリカのトランプ大統領との緊密ぶりは世界からも注目を集めています。ニューヨークのトランプ・タワーを皮切りに、フロリダの別荘のマーラーゴでも、ホワイトハウスでも孫氏はトランプ氏から「マサ、マサ」とファーストネームで呼ばれるほどの信頼関係を築いています。もちろん、その裏には孫氏の出資によって救われたカジノ王のエーデル氏夫妻の仲介も功を奏したでしょうし、孫氏による莫大な対米投資の約束があることは間違いありません。

 それやこれやで、トランプ大統領のお気に入りの日本人ナンバーワンは孫正義氏です。安倍晋三首相亡き後、昭恵夫人をフロリダの私邸に招待したトランプ夫妻でしたが、同じ時に、孫正義氏も1泊70万円のマーラーゴに滞在し、ゴルフを楽しみながらトランプ氏と商談を重ねていました。そのうえで、孫氏は今後4年間で米国企業に1,000億ドル(約15兆円)を投資すると発表したのです。

 その発言を受け、トランプ氏は「マサは大した奴だ。俺の大統領1期目のときにも大きく協力してくれたが、今回はさらに大きなプレゼントを用意してくれた。ありがとう!現金の注入は最高のプレゼントだ」と孫氏を抱きしめました。

 その後、孫氏はトランプ氏が大統領に就任すると、間髪を入れず、ホワイトハウスに乗り込み、アメリカの新たなIT ビジネスの拠点づくりに名乗りを上げたのです。これは「スターゲート」と銘打った新規事業で、今後4年間でアメリカ国内にデータセンターなどAI関連のインフラ整備に5,000億ドル(約78兆円)を投資するとのこと。ソフトバンクは「チャットGPT」を開発した「オープンAI」やソフトウェア大手の「オラクル」などと協力する模様です。

 トランプ大統領は再び大喜びで「アメリカ史上最大級のAI投資になる」と述べ、孫氏は「これこそアメリカの黄金時代の幕開けだ。トランプ大統領が誕生していなければ、この決断はなかった」と相槌を打ちました。「スターゲート」の会長に就任する予定の孫氏は、「アメリカで新規雇用を10万人以上生み出す」とも主張。すでにオハイオ州にAI関連の工場を建設する計画を発表しています。

 しかし、この新規事業に疑問符を投げつけたのが「影の大統領」と異名を取るイーロン・マスク氏でした。マスク氏曰く「ソフトバンクにはそんな資金力はない。せいぜい100億ドルだろう。トータルで5,000億ドルもの投資をするなどできっこない話だ」。

 確かに、「ウォールストリートジャーナル」紙の調査でも、ソフトバンクの手元の資金力は300億ドル程度とのこと。世界1の大富豪で、トランプ大統領への個人献金ではほかを圧倒していたマスク氏の発言にはトランプ政権内にも動揺が広がりました。何しろ、トランプ大統領の新たな目玉政策に対して、あとろから矢を放ったわけですから。

(つづく)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

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