2024年11月21日( 木 )

理想的なポスト・グローバル化によって、国家と個人を幸せな時代へ向かわせる(後)

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「言葉」を取り戻し日本の良さを再認識すべし

 ――かつて個人が国家と向き合おうとすれば、左右いずれかの思想を持っていたと思いますが、今の時代はそれが合わなくなってきているということでしょうか。

 施 55年体制的図式は、もはや当てはまりません。左派(リベラル派)は日本型資本主義を戦前の残滓とし、それを壊そうと事実上、新自由主義を推進してしまいました。本来なら労働者の側に立って、グローバルな企業や投資家から庶民の生活を守らなければならなかったのに。保守派についても、「民のかまど」から煙が立ち昇っているのを見て国が栄えていると考えるのが本当だと思うのです。今の保守は日本の伝統を守ろうとせず、構造改革派と化しています。

 ――先生は「英語化は愚民化」という著書で、英語化推進政策を強く批判しています。

work11min 施 英語化政策も、新自由主義に基づくグローバル化推進政策の一環ですね。先進国とは、母国語で高等教育まで受けられ、母国語で豊かさと多様な人生の機会が得られる社会です。しかし、現在の英語化政策は、これらを破壊しようとしています。明治維新からの日本人の努力を否定するものですよ。さらに私は、この本で、グローバル化は進歩ではなく、中世への逆行だと論じています。詳しくは拙著をお読みいただきたいのですが、たとえば言語面で言えば、中世ヨーロッパはラテン語が標準語でした。それが宗教改革などを経て、各国で国語が成立していく。これによって庶民が政治や社会に参加できるようになった。これが近代化への原動力となったのです。現在のグローバル化を進めれば、平等や民主主義といった近代的価値は失われてしまう恐れがあります。

 ――現代国家としての日本が理想的なポスト・グローバル化の時代に向かうために、個人としての日本人はどうあるべきでしょうか。

 施 グローバル化で生活や文化が脅かされているので、保守化傾向はある意味当然です。ただ、その感情の行き場が見失われていますね。本来であれば日本の文化や伝統に根差した経済や社会を守るための現実的動きに結びつかなければならないのに、そうなっていません。自分の国が好きで、一番落ち着ける環境だから守っていこうとするのが本当のナショナリズム。アングロ・サクソンの基準を無批判に受け入れつつ、外国との比較で日本を上にもっていこうとするのは「ランキング・ナショナリズム」であり、不健全です。新自由主義者が、日本人のナショナリズムを悪用しています。その原因は、戦後の日本人が自らの「言葉」を重視してこなかったからだと考えています。

 西洋人は饒舌で自己正当化が非常に上手です。柳田国男は西洋人を「筆まめな口達者」と揶揄しましたが、日本人はそれに負けています。アングロ・サクソン偏重のグローバル化路線に対して日本型資本主義は古いと言われても、反論できない。その結果、日本人が力を発揮できない社会になってしまったんですね。

 ポスト・グローバル化に向かう流れを活用し、日本人にとって居心地の良い社会をつくるためには、我々も「筆まめな口達者」になるための努力をしなければいけません。つまり日本的な良さを言語化し、意識化し、外に向かって主張していくことだと思います。

(了)
【平古場 豪】

<プロフィール>
se_pr施 光恒(せ・てるひさ)
1971年福岡市生まれ。九州大大学院比較社会文化研究院准教授。専門は政治理論、政治哲学。
慶応大学大学院博士課程修了。博士(法学)。
著書に「リベラリズムの再生―可謬主義による政治理論」「英語化は愚民化」などがある。
「資本の国際的移動を規制が、理想的なポスト・グローバル化へ向かう道」と話す施准教授。

 
(中)

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