2024年11月13日( 水 )

「サロン幸福亭ぐるり」10周年~誕生秘話・激闘編(後)

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大さんのシニアリポート第55回

 「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)が今年で10年目を迎え、先日、ささやかなパーティを開いた。当日は第一部に、「ぐるり」のオープンから有形無形にご支援を賜った市長、県議(公用にて不参加)、市議、社会福祉協議会、ボランティア団体の代表、そして葬儀社(葬儀のアドバイス)など。第二部に、一般の入亭者を招待した。とくに第二部には、アコーディオンとピアノの伴奏による「歌声喫茶”ぐるり”」を開催。実に40人を超す入亭者で賑わった。「ぐるり」の10年を顧みる。

 平成24(2012)年にはじめた「ハッピー安心ネット」(住民同士で見守りあう)は、今でも画期的な見守り方だと自負している。必要に応じて、入会時に記入した「安心カード」(掛かり付け医、身内の連絡先などが記されている)封筒を開き、救急隊員や身内への連絡することができる。希望者は合い鍵を同封することも可能だ。これで1人の仲間を救出したことは前回報告したとおりだ。今年91歳になるUさんのように、「見守られていると思うだけで安心していられる」というのは本音だろう。見守りが本職の民生委員(基本的に部屋に上がり込めない)でも、ここまでは不可能だ。何の拘束もない、いってみれば「近所にいる気のいい年寄り」という立ち位置だからこそできるピンポイントの見守りだと思う。

山形名物「芋煮会」

 平成25(2013)年末に、隣接するURの空き店舗に活動の場所を移した。理由は、国が設けた「地域サロン整備事業費補助交付金」がようやく日の目を見たからだ。これは「手あげ方式」といって、国で用意した様々な交付金が県単位まで下りてくるものの、その先は希望する(手を挙げる)各市町村にのみ交付されるシステム。つまり市町村が手を挙げない限り交付金は下りない。市町村からすれば、それを担当する人の確保という「仕事」が増えることになり、二の足を踏むことになる。当時県議だった現市長に請願し、市に挙手を迫って実現させた経緯がある。交付金上限額100万円とURからの援助(家賃半額、内装・電気・水回りなど)、それに自己資金をプラスしてオープンさせた。

 移転時に発行した広報誌に、「そこで生活する人にとって『地域』とは自分の身のまわり、つまり『ぐるり』(周辺)なのです」と書き、組織の名称を「幸福亭」から「サロン幸福亭ぐるり」に、広報誌も『結通信』→『ぐるりのこと』と変更した。基本的なコンセプトである「見守り」を広い行政区ではなく、身近な「ぐるり」(周辺)に変えた。1年半後「ぐるり」の運営時間を「正午~午後4時」「年中無休」とした。居場所は運営する側の都合ではなく、利用する側の都合なのである。つまり、「来たいときに来て、来たくないときには来ない」。これが居場所の本当の姿だと思うからだ。

 そのためには運営方針を理解してくれるスタッフが必要とされる。これが難問だった。オープン当初、「こういう施設を手伝うのが私の理想なの」と半ば強引にスタッフとなった通称パトラさん(クレオパトラの略称)は、常に自分の考え方を来亭者に押しつけた。秀逸な話がある。ある日、前述のUさん(耳が遠い)に、「いい補聴器があるから安く買えるように頼んでみる」といった。Uさん「いらない」。パトラさん「聞こえないより、聞こえた方がいいに決まっている」と譲らない。すかさずUさん「あんたの声が聞きたくないからだ」と一蹴。パトラさん、絶句。彼女は3カ月で辞めた。その後も、「理想のボランティアができる」と手伝ってくれる人は出てきたものの、長続きはしなかった。

 手伝いを希望する人と来亭者との価値観の違いに気づかない。スタッフは自分の中にある「理想の居場所像」を押しつける。しかし、来亭者のそれとは必ずしも一致するものとは限らない。高齢者は実にわがままだ。自分の人生を生ききってきた人にとって、違う価値観を押しつけられるほど迷惑なものはない。それはプライドのようなもので、否定されれば反発を招く。その距離感を測れないスタッフは去るしかない。来亭者にもクセのある高齢者が少なくない。それを注視しながら来亭者全体の空気を読む。居場所の運営は意外に難しいものなのだ。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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