2024年11月24日( 日 )

「サロン幸福亭ぐるり」創立10周年(成長編・前)

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大さんのシニアリポート第56回

 私が運営する高齢者の居場所「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)が創立10周年を迎え、記念パーティを開いたのを機に、この10年間の歩みを振り返ってみた。10年前、突然県営団地内に「孤独死を許さない」をコンセプトに「幸福亭(現在の「ぐるり」)」を立ち上げた。団地の一住民が、高邁な理想を掲げ、唐突に「高齢者の居場所」をつくったのである。団地内は大騒ぎ。いくつかのいやがらせを受けたものの、怯むことなく続けた。やがて存在が認知され、3年前に隣接するURの空き店舗を借りて、組織名を「サロン幸福亭ぐるり」、広報誌も「ぐるりのこと」と変えて再オープンした。

 隣接するURの空き店舗に運営場所を移したのは、県営団地の集会所では規制が多すぎて、「毎日開亭」を目指すには不都合だったからだ。「地域サロン整備事業費補助交付金」の受給とURからの支援等で再オープンした。最初の難問が保健所の了解だった。保健所は「飲みものや菓子類の食べものがある。弁当も使うことができるのだから、正式に店として保健所に届けをだし、許可を得るべきだ」と譲らない。しかし、それまでの集会場では、「保健所に届けを出せ」とは言われていない。「高齢者の居場所」を、そのままの形態でURの空き店舗に場所を移しただけだ。「集会場ではよくて、空き店舗ではだめな根拠を示せ」と食い下がった。最終的には、保健所側が折れ、「届け出不要」としてくれた。「飲食料」ではなく、「入室料」を1人100円とし、飲み放題にした。

 年間の予算を、家賃、共益費、光熱費、飲物代、印刷などの諸経費など、総計80万円と試算した。自己資金は80万円(備品代含む)。再オープン時、入室者ゼロから数人という日がつづき、大幅な赤字を覚悟した。ところがここ数年は入亭者が毎年1,000人ずつ増えており、昨年度で4,000人、今年度は5,000人と予測している。入亭者数の増加は懐を潤す。ただし、空調や照明器具、トイレ、カラオケ機材(モニターテレビ、アンプ、DVDプレーヤー、マイクロフォン、コードなど)、プロジェクターなどの購入費、メンテナンスの諸費用は補助金の対象外となるため、自前で調達しなくてはならない。そのためにも来亭者にとどまらず、友人知人からの寄付やカンパを求めた。

創設10周年記念パーティ。「歌声喫茶ぐるり」の様子

 入亭者数を飛躍的に押し上げた最大の功労者は「カラオケの導入」である。2年ほど前、URに住む男性から寄贈されたカラオケは別次元の能力を発揮した。例えば美空ひばりの『潮屋岬』、本人歌唱中にあるボタンを押すと、美空ひばりの歌声が消え、メロディーのみ流れる。入亭者は美空ひばりになりきってうたえるという優れもの。わたしは彼に、「ぐるり」のスタッフと、「カラオケ専門員」という肩書き受諾を条件に、カラオケ機材を受け入れた。近くにはカラオケ店がない。「UR団地に格安のカラオケ店ができた」という噂が流れ、入亭者が一挙に増えた。カラオケ恐るべし、である。

 前述のように、スタッフ確保の難しさは常に課題のひとつとなった。理想を求めて参加するものの、現実とのギャップで悩み去る人があとを絶たない。
 三顧の礼をもって迎えた高齢のスタッフがいた。満身創痍の身体なのだが、人生経験の豊富さに賭けた。ところが実際には、「…べきである」という典型的な「規則主義者」で、持論を曲げない頑固者。「入亭したら、そこにいる人たちと仲良く会話を楽しむ」「わがままをいわず、和気あいあいと過ごす」という持論の持ち主。いつも指定席に座り、ジッと冷めた目で入り口を眺めている。入亭者は何しろ百戦錬磨の強者だから、すぐに無視して勝手に振る舞う。これが彼には気に入らない。規則通りの注意が入る。入亭者から、「入りにくい。雰囲気が暗い」とクレームがつく。「居場所に来る人たちによって雰囲気は変わる」というのがわたしの考え方である。日によって来亭者が変わるのだから、当然、雰囲気も変わる。わたしの考え方を理解しているスタッフにも容赦なく注意勧告の雨あられ。スタッフ同士がぎくしゃくしはじめたのを機に辞めていただいた。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
(55・前)
(56・後)

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