2024年11月24日( 日 )

親を捨てる子、子を捨てられない親(前)

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大さんのシニアリポート第57回

 来春、4年ぶりに拙著を上梓することが決まった。出版不況とはいえ、作品が「今」という時代にマッチしていれば、出版は可能だ。今回は『親を捨てる子、子を捨てられない親』(仮題・平凡社新書)というタイトル。10年間運営してきた「幸福亭」(現・「サロン幸福亭ぐるり」、以下「ぐるり」)での出来事を総括的にまとめたものになる。少しばかり奇をてらったタイトルだが、実際、10年もの間、まるで定点観測のように同じ場所で利用者を見ていると、こうした状況が鮮明に浮き上がってくるのだ。

 今年1月から2月にかけて、2件の緊急搬送にかかわったことは、この場で報告した。2件に共通することは、家族関係がすでに崩壊しているという事実である。高齢の夫婦、そして高齢の独居者。「家族崩壊」のキーワードは、「若いときの放蕩」と「遠距離」。前者は文字通り、若いときに家族を顧みない身勝手な振る舞いをした結果。後者には2つあり、1つは「居住地の距離」、もう1つは「感情的な距離感」というもの。とくに後者は決定的なしこりを生む。

 中井要蔵さん(仮名・93歳)と妻の吉乃さん(仮名・86歳)の事例は再三報告した。長女は外国におり、帰国時にしか顔を見る機会がない。長男は都内在住なのだが、何かと理由をつけては両親の住む部屋を訪れることを拒みつづけた。理由は、要蔵さんの理不尽な振る舞いに悩まされつづけたことだという。ときには暴力を振る舞われたとも言っていた。姉弟にとって、父親は反面教師的存在であった。

 その両親が、金に困ると電話で無心してきた。長男にも家庭というものがある。妻もいれば子どももいる。妻の両親も健在だ。「今ごろになって、無年金だといわれても困る。生活保護費を受給しているのだから、それで賄えばいいのに」と愚痴った。長男にとって、父親の存在そのものが、実は以前から自分の心に存在していなかったのだ。平穏な生活をスタートしはじめた時点で、父親へのトラウマは霧消する。消えたはずの父親の存在が、突然目の前に現れる。さぞかし狼狽したことだろう。

 「そんなもんじゃありません。葬儀の最中に兄弟喧嘩が始まるなど、口も利かない親族の空気のなかで、葬儀が進むことはよくある話です」と話すのは、懇意にしている葬儀会社「あしたばフューネスト」代表の岩田裕之さんだ。故人の存在なんて二の次、三の次。普段から両親のことなど頭にない兄弟。実は、彼らもほとんど顔を合わせる機会がない。おそらく頭の中は遺産分与のことで張り裂けんばかり。「面白いことに、遺産が少ない方が兄弟のいがみ合いは壮絶だ」と話す。

 取材当日、岩田さんは霊柩車で「ぐるり」に現れた。後方の窓から簡易な作りの棺が見える。「なかに仏さんが入っていますよ」という。「火葬場の順番待ちです」と素っ気ない答え。仏さんは生活保護受給者で、引き取り手がない。無縁仏として、市が契約している寺に合祀されるとのこと。その寺も骨壺を安置する場所が満杯で、困っていると話した。

 「全国の政令指定都市で2015年度に亡くなった人の約30人に1人が、引き取り手のない無縁仏として自治体に税金で弔われていたことが、毎日新聞の調査で分かった。政令指定都市で計約7,400柱に上り、10年でほぼ倍増。大阪市では9人に1人が無縁だった。死者の引き取りを拒む家族の増加や埋葬費用を工面できない貧窮層の拡大が背景にあり、都市部で高齢者の無縁化が進む実態が浮き彫りになった」(平成29年7月16日「毎日新聞」より)。

 「この仏さんには家族が見つかったんですが、引き取りを拒否されたそうです。若い頃に家族を捨てて家出したまま。身内が見つかったとはいえ、家族の気持ちも分からないわけじゃない。でもね…」。無縁仏の火葬から遺骨の安置までと、常に複雑な気持ちがあると岩田さんは話す。
 「仏さんにとって、家族って何なんでしょうね。僕の仕事は、家族と仏さんを結ぶ仲介役だと思うんですが、無縁仏さんひとりだけを相手にしていると、複雑な心境になります」。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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(57・後)

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