2024年11月24日( 日 )

親を捨てる子、子を捨てられない親(後)

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大さんのシニアリポート第57回

 来春、4年ぶりに拙著を上梓することが決まった。出版不況とはいえ、作品が「今」という時代にマッチしていれば、出版は可能だ。今回は『親を捨てる子、子を捨てられない親』(仮題・平凡社新書)というタイトル。10年間運営してきた「幸福亭」(現・「サロン幸福亭ぐるり」、以下「ぐるり」)での出来事を総括的にまとめたものになる。少しばかり奇をてらったタイトルだが、実際、10年もの間、まるで定点観測のように同じ場所で利用者を見ていると、こうした状況が鮮明に浮き上がってくるのだ。

 「振り込め詐欺」に遭った父親が、息子と妻に詰め寄られて自殺するという痛ましい事件が起きている。孫をかたった詐欺師に300万円を振り込み、家族や親族から、「身内にだまされた人がいるのは世間体が悪い」と非難され、自殺した男性がいた。「子どもや孫のためを思ってだまされたのに、だました詐欺師より、だまされた俺の方が悪いというのか」と叫んで自殺した人がいた。この場合、家族関係が崩壊しているだけではなく、父親の存在そのものがない。とうの昔に捨てられていたのだ。

 そういう私自身、詐欺に遭い20万円詐取されている。騙られた次男と妻にも、「詐欺の研究家ともあろう人が、まあ…」と呆れられたものの、それ以上の責めはなかった。父親としての尊厳はかろうじて維持できたとはいえ、しばらくの間は居心地が良くなかった。

 その逆もある。面会に来ない子どもたちに対して仕返しをした話。高齢の母親が、相手が詐欺師だと知りつつ、高額な生活用品を購入した。優しく応対してくれる詐欺師に心を癒やされたと言った。久しぶりに訪ねてきた子どもたちが事実を知り激怒。すかさず、「ここにある財産は私と亡くなった父さんのもの。どう使おうが私の勝手です」と居直った。子どもたちは母親を責めたものの後の祭り。取材した私が溜飲を下げた思いがした。

 「子どもにも子どもの生活があるのだから、少しでも財産を残してやりたい」という人が少なくない。それが子どもたちに対する思いやりだと言いたいのだろう。もしかして、財産を分与することで、自分の老後の見守り(介護)へ対する保険、免罪符とでも考えているのなら、やめておいた方がいい。「オレオレ詐欺」の被害者にみられるように、子どもたちの多くは両親の財産はすでに自分のものという考え方をしている。だから、両親の訃報を耳にしたとたん、潜在していた欲望が頭をもたげる。葬儀の席上は腹の探り合いが行き交う戦場。葬儀社の岩田さんの目には、第2ステージで繰り広げられる身内の骨肉の争いが目に見える気がするとこぼした。「自分で稼いだお金は最後まで自分のために使う(他人のために役立つことも含め)」というのが基本的な考え方なのではないか。「子どものために財産を残す」というのは必ずしも子どもたちのためにはならないことが少なくない。

 「中世では、認知症の高齢者が神のように崇められていた」し、江戸時代には、老後を「老入れ」といい、老いに対してマイナスのイメージが少なかった。幕府や藩の重役も、「大老」「老中」「家老」と呼ばれていた。井原西鶴の「日本永代蔵」では、「若き時心をくだき身を働き、老いの楽しみははやく知るべし」と「金を稼ぐのは隠居のためだ」と断言している。金は自分の老後のために使えと言っているのだ。老後に大成した人物に、伊能忠敬、杉田玄白、上田秋声、小林一茶などがいる。

 桜井政成氏(立命館大学政策科学部准教授)は、「高齢世代だけではなく、様々な年齢別の相互扶助組織が、かつての村落社会では発展していた。かつての日本には、地縁・血縁などの助け合いは存在していなかった。あったのは、今と同じく、NPO・ボランティアグループ・互助組織といった集団的な『生存戦略』なのである。こうした歴史的経緯から現在の『無縁社会』を乗り切る方策を考える意義は大きい」といい、岩手県遠野市にあった「デンデラ野」を、「高齢者相互互助組織、コミュニティ、コーポラティブハウス」と指摘する。この時代、「子どもが親を看る」という発想は存在していなかった。各地に残された「棄民伝説」は事実だったのではないかと考えたい。これから自分らしく生きる覚悟と知恵を提供してみたい。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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