2024年12月20日( 金 )

チョムスキーに学ぶ~今日のアメリカは明日の日本(後)

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国際教育総合文化研究所所長 寺島 隆吉 氏

 今、『アメリカンドリームの終わり』(ディスカヴァー・トゥエンティワン社刊)が大変に話題になっている。著者はアメリカに残された数少ない知性、言語学者・政治哲学者でMIT名誉教授のノーム・チョムスキーである。全米アマゾン第1位(マクロエコノミクス部門)、ニューヨーク・タイムズのベストセラーに輝いた。先の「衆議院議員選挙」の結果を意外に思い、心の中が“もやもや”している読者も多いかもしれない。しかしこの本を読めばその霧は一気に晴れる。「今日のアメリカは、明日の日本」なのである。チョムスキー氏と長年にわたる交流があり、同著の翻訳に当たった寺島隆吉 元岐阜大学教育学部教授・国際教育総合文化研究所所長の自宅を訪ねた。同席をいただいたのは、共訳者である夫人の美紀子氏(岐阜・朝日大学経営学部教授)である。

アメリカの悪い影響が速度を増して日本にも

 ――先生は10年以上にわたってアメリカに通い続けられ、現地の大学で教鞭もとられました。そのうえで、岐阜大学の学生に「現在のアメリカは、10年後の日本だ」と警鐘をならされてきました。しかし、本書の後書きでは、「今日のアメリカは、明日の日本」と言われていますね。

国際教育総合文化研究所 寺島 隆吉 所長

 寺島 今の日本を見ていると「今日のアメリカは、明日の日本」と思うようになりました。アメリカの悪い影響が速度を増して日本にも押し寄せてきています。身近な問題でいえば、大学の教育現場にもアメリカ流の大学ランキングが導入され目先の数値目標に追いまくられています。安倍政権は日本の若者を大量にアメリカへと送り込む留学計画を大々的に打ち出しましたが、本書を読んでいただければ、アメリカの教育制度がいかに壊滅状態であるか、おわかりいただけると思います。

 学習指導要領が改定され、公立高の授業は「英語で行うことが基本」となりました。さらに、政府の教育再生実行会議も小学校英語の教科化を提言し、英語教育の議論は高まるばかりです。しかし、これは間違った方向と私は考えています。文科省が「教育改革」をするたびに学力低下が進行しているからです。日本語で説明しても授業内容が理解できない生徒・学生が多くなっているのに、「英語で授業」とは信じがたいことです。

 これは財界・大企業の要請と思われますが、最近の英語熱は、大学始め日本の教育全体を劣化させ、日本を支える研究の礎を壊しかねません。ノーベル賞受賞者の多くも自国語で深く思考できることが重要と言っています。「母語を耕し、自分を耕し、自国を耕す英語教育」が求められているのです。チョムスキーは次のように述べていますが、これはまさに今の日本ではないでしょうか。

 最近の公教育は、教育を技術訓練に貶めることに力を注いでいます。こうして、子どもたちの創造性や独立心を奪うのです。これは単に生徒・学生だけでなく、教師の創造性や独立心さえも奪います。それが「テストのための教育」です。具体的には、ブッシュ大統領の「落ちこぼれゼロ法案」、オバマ大統領の「トップを目指して競争せよ法案」です。これらの政策はすべて教化・洗脳と支配・統制のための手段と見なされるべきでしょう(本書55頁から)。

しっかり地に足のついた考えをもってほしい

 ――最後に、18年を新しくスタートする読者に、メッセージをいただけますか。

 寺島 私のメッセージは3つあります。1つ目は「アメリカの現実を知ろう」、2つ目は「世界の流れを知ろう」、3つ目は「日本の良さを知ろう」です。

 日本の知識人は、ともすると「日本はダメだけど、アメリカはすごい」と言ったりしますが、アメリカ国内の崩壊ぶりは、チョムスキーが本書で述べている通りです。他方、国外でもシリア情勢を見ればわかる通り、アメリカの失敗と孤立は世界的に露呈しつつあります。一方、日本は劣化しつつあるとはいえ、今でも世界で稀に見る長寿国であり高学力の国なのです。OECD学力調査では、日本はトップクラスでアメリカは最底辺です。

 いたずらにアメリカの後を追うのではなく、日本の現実を踏まえ、しっかり地に足のついた考えをもってほしいと思います。かろうじて残っている日本の「平等社会」、世界でも羨ましがられている清潔で安全な社会を、維持・発展させねばなりません。

(了)
【文・構成:金木 亮憲】

<プロフィール>
ノーム・チョムスキー
言語学者、政治哲学者、活動家。1928年生まれ。ペンシルべニア大学で言語学、哲学を学び、その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)で50年間教鞭をとる。現在はMITの名誉教授、かつMIT特別栄誉教授(インスティチュート・プロフェッサー)。その言語学的研究は革命的で脳科学にも巨大な影響をおよぼした。ベトナム反戦運動を通じて、政治的発言も活発になり、2001年出版の『9-11』は世界的なベストセラーで、「ポスト9.11 」のなかで最も大きな影響力をもつ1冊となった。

<プロフィール>
寺島 隆吉(てらしま・たかよし)
元岐阜大学教育学部教授。国際教育総合文化研究所所長。1944年生まれ。東京大学教養学部教養学科を卒業。石川県公立高校の英語教諭を経て岐阜大学教養学部および教育学部に奉職。岐阜大学在職中にコロンビア大学、カリフォルニア大学バークレー校などの客員研究員。専門の著書は数十冊におよぶ。訳書として『チョムスキー 21世紀の帝国アメリカを語る』、共訳として『チョムスキーの「教育論」』『肉声でつづる民衆のアメリカ史』『アフガニスタン、悲しみの肖像画』『衝突を超えて‐9.11後の世界秩序』(日本図書館協会選定図書2003年度)など多数。

 
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