2024年11月24日( 日 )

家族という名のまぼろし(前)

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大さんのシニアリポート第65回

 現在脱稿間近の拙著『親を捨てる子 子を捨てられない親(仮題)』(平凡社新書)のコンセプトは「家族」である。家族とは、「夫婦の配偶関係や親子・兄弟などの血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎にして成立する小集団。社会構成の基本単位」(広辞苑 第六版)とある。その家族関係が希薄となり、崩壊寸前の実情を、運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の“現場”から報告した作品である。なぜ家族関係が崩壊の道を辿り始めたのだろうか。

 このコーナーで再三報告しているが、昨年、「ぐるり」常連の二家族が救急搬送された。両家族に共通しているのは、実の子どもが実の親の窮状に対し、私や行政の関係部署との接触を拒んだことだ。とくに老夫婦の救急搬送では、入院、施設への入所に関わりをもつことに難色を示した。私は「ぐるり」の亭主として深くかかわったことで、二家族とも家族関係が崩壊しかかっている現実をこの目で見た。

 近年、社会学者上野千鶴子の『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)、『家父長制と資本制』(同)、『シリーズ 変貌する家族』(同)を始め、『迷走する家族』(山田昌弘 有斐閣)、『家族という病』(下重暁子 幻冬舎新書)など、「家族」に関する著書が目白押しである。それだけ家族関係に危機感があるという証拠だろう。

 “事件”をマスコミ報道などで見聞きしていても、どこか他人事のような感覚だったことは否めない。しかし、現実として目の前に突きつけられると、改めて「ほんとうにあったんだ」と愕然とするものである。私が住む地域は、周囲がすべて中・高層集合住宅(公営住宅、UR賃貸・分譲)で、住民の大半が地方からの出身者である。圧倒的に高齢者が多い。高齢夫婦、認知症の親を看る高齢家族、独居高齢者、高齢の親子。ほかに子連れの離婚経験者、外国人家族なども目に見えて増えてきた。家族間のDV、暴力、(親や子への)虐待やネグレクト(怠慢、無視、放置)などが起きている。年数件の飛び降り自殺も発生している。ただ、そうした事件は噂としては聞こえてくるものの、容易には我々の目には見えにくい。

 高齢者の居場所として毎日オープンしている「ぐるり」に、一昨年から(社協)の社会福祉士が、週一回相談員として常駐。福祉全般の相談を受けるようになった。これがきっかけで一挙に地域に潜在していた「非日常」が見えだしてきたのだ。2つの救急搬送事件も、相談員常駐が契機となった。こうした事件の背景には、必ずといっていいほど「親と子」の希薄な関係があることにも気遣された。私はそれを主にハードとソフトの両面からも解明しようと試みたのが拙著である。その分岐点は太平洋戦争である。

ハード面 

 戦後主に大陸から大勢の復員兵や軍属、民間人が一斉に帰国したことで、大都市を中心に圧倒的な住宅不足に陥り、急場しのぎの仮設住宅「簡易越冬住宅」を建て、不足分は軍隊の兵舎や使用不可能な貨車までそれにあてた。1950年の朝鮮戦争による特需物資生産のため、地方都市から大勢の労働者が都市部に流入し、さらに住宅不足に拍車をかけた。国は1951年、「公営住宅法」を成立させたものの、行政区分を超えての建設は不可能で、十分供給することができない。そこで1955年、「行政区域には無関係に建設を可能にする」目的で「日本住宅公団」を誕生させた。コンセプトは、「大量に均質な設計で、建物の『標準化』を計ること」だった。人が住む住宅を「商品化」したのだ。住宅公団のいう住宅の「質」というのは、材料の均質化を指した。こうして「大量(戸数をかせぐ)」の「均質化(安価に)」した住宅は、世界に名だたる「狭小住宅(ウサギ小屋)」を誕生させた。住宅公団は「住宅(居住者)輪廻」を唱えた。サラリーマンは年功序列で収入が増え、やがて戸建てを購入して公団から出ていく。空いた部屋には新規の住宅困窮者(主に若い夫婦)が入居する。こうして空き室は常に回転(輪廻)していくという考え方である。

 予想は大きく外れた。思うように所得が伸びず、成長した子どもたちは就職や結婚を機に公団を出た。残された夫婦は夢に見た戸建てへの入居をあきらめ、そこに住み続けた。公団に限らず、戸建住宅でも同様のことが起きた。「核家族化」である。子どもたちの生活圏と、父母との生活圏とが分断された。それは子どもの数だけ細分化(枝分かれ)され、両親との距離がさらに広がった。この拡大した距離は、必然的に「家族としての距離」も広げた。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
(64・後)
(65・後)

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