第11回「白馬会議」の講演録より「日本の技術劣国化からの脱出」(1)
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「工学は存在しなかった物を生み出す。科学は長い間存在していたものを発見する」(David Billington、プリンストン大学の環境工学教授)。
経済はデフレを脱しつつあり、失業率は記録的な低さを続けている。他方、GDPの伸びは米国や中国に比べてかなり見劣りがしている。今の日本は豊かな社会に見えるが将来を心配する声が多く聞かれる。我が国の技術立国が危機に陥りつつあるというのである。多くの知識人、とくに団塊の世代の人々は技術と技量の蓄積が枯渇し始めていると感じている。それは多分に過去の思い出、とくにかつてのNHK人気番組「プロジェクトX 挑戦者たち」の記憶から生じる郷愁があるためであろう。
この番組は、戦後の復興期から高度成長期へとつながる時代に努力した方々をお茶の間受けする感動ドラマに仕立てた実録的エンターテインメントである。従って、郷愁を抱くことはあっても技術開発の本質を見ている訳ではないので、技術論、技術史として参考にならない。郷愁のなかに潜んだ「良いアイデアは市場に直結する技術である」「努力は報われる」という、メディアの創作による無責任な都市伝説的なウケ狙いのロジックが見え隠れする。このメロドラマ的成功体験をいつまでも引きずっていると、本来行うべきことを見失い、技術劣国化に加担することになる。
日経ビジネスONLINE 2018年10月5日掲載の山下勝己氏による生天目(なばため)章氏へのインタビュー記事「日本型研究開発がブレークスルーを生まぬ理由」で指摘されているように、バブル経済期までの我が国の技術開発はキャッチアップアップ型で到達すべき目標があった。1990年代に入ってフロントランナーの一員に躍り出てから、技術研究開発の方法を大幅変更することを怠ったために脱キャッチアップ型の体制に至っていない。
歴史を振り返ってみれば、昨今盛んに提唱される破壊的イノベーションとは安定した社会に破壊的混乱をもたらし、秩序崩壊の混沌のなかから時間をかけて新秩序を生み出すものである。ところが、戦後棚ぼた的にもたらされた平和を70余年にわたり享受してきた我国では、社会的混乱がほとんどなく、結果的に東大文系卒業者を中心とした官僚組織社会が中心となって大きな変化を求めず要領よく立ち回ることで地位を固める「秩序」を形成してしまった。
結果として、昨今の省庁幹部による隠蔽、腐敗、大企業経営者の管理能力不足が限度を超え始めて不祥事が頻出し始めている。国家や大企業の上層部が責任を取らない体質は戦前の官僚的になった軍部から顕著になったが、現在はより保守的な「革新系」マスコミとマスコミ有識者・文化人が唱える「コンクリートから人へ」のような口あたりの良い無責任な議論が蔓延している。2018年9月6日に発生した大地震にともなう北海道の日本初電力ブラックアウトは社会生活に大きな脅威であることを見せつけたが、これにともなう災害はあまり触れずに主要メディアは毎度おなじみの「困っている人々に寄り添った」絆と悲劇と感動のドラマ仕立てで、太陽光発電など緊急時に役立たないことを隠して世論誘導した自らへの責任言及を避けて不作為の作為を続ける姿勢を取っている。震災後も再生可能エネルギーの脆弱性を言及するマスコミは皆無に近い。再生可能エネルギー普及を目指す宗教的ともいえる信念がはびこっているのだろうが、大停電と原子力発電所を別個のものと考えることは止めたほうが良い。「モリ・カケ」大騒動と比較するとマスコミのあまりの自己都合的報道姿勢に驚くばかりである。
今回の大災害はイノベーションの絶好の機会なので多くの人がメディアの「おかしな」世論誘導に気づいてより良い社会の構築に立ち向かうことを期待したい。(つづく)
<プロフィール>
鶴岡 秀志(つるおか しゅうじ)
信州大学カーボン科学研究所特任教授
埼玉県産業振興公社 シニア・アドバイザーナノカーボンによるイノベーションを実現するために、ナノカーボン材料の安全性評価分野で研究を行っている。 現在の研究プログラムは、物理化学的性質による物質の毒性を推定し、安全なナノの設計に関するプロトコルを確立するために、ナノ炭素材料の特性を調べることである。主要機関の毒物学者や生物学者だけでなく、規制や法律の助言も含めた世界的なネットワークを持っている。 日本と欧州のガードメタルナノ材料安全評価プログラムの委員であり、共著者として米国CDCの2010年アリスハミルトン賞を受賞した。
埼玉県ナノカーボンプロジェクトのアドバイザーを通じてナノカーボン製品の工業化を推進している。<学歴>
1979年:早稲田大学応用化学科卒業
1981年:早稲田大学修士課程応用化学
1986年:Ph.D. 米国アリゾナ州立大学ケミカルエンジニアリング学科<経歴>
1986年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)生産管理
1989年:Unilever Research PLC。 (英国)研究員
1991年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)、開発マネージャー
1994年:SCジョンソン(日本)、R&Dマネージャー
1999年:フマキラマレーシア、リサーチヘッド
2002年:CNRI(三井物産株式会社)主任研究員
2006年:三井物産株式会社(東京都)、シニアマネージャー
2011年:信州大学(長野県)、特任教授関連記事
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