検察の冒険「日産ゴーン事件」(11)
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青沼隆郎の法律講座 第20回
概念の相対性
金融商品取引法第24条でいう有価証券報告書の虚偽概念と同法第197条で規定する有価証券報告書虚偽記載罪となる虚偽概念は異質の法的概念である。
前者は行政処分手続上の概念で、記載内容がそのほかの会計資料との間に客観的な齟齬があり、それが有価証券取引上重要であれば虚偽記載として強制的な行政処分としての是正の対象となる。従って、それが取締役の誰が行ったか、全員の仕業か、故意か過失かなどの探索は是正の目的から外れ不必要なため、一切しない。そのため、記載もれのかたちも虚偽記載と同様に扱う規定も存在する。ただ、強制的な是正命令の性質上、聴聞手続を必須としている。以上のことを刑事法的な表現でいえば故意犯はおろか過失犯ですらなく形式犯である。
一方、後者は、刑事処分手続上の概念で、虚偽記載を行った者の刑事責任を問う手続であるから、同じく有価証券取引上重要であれば虚偽記載罪は一応、構成要件該当性が認められる。ただし、故意犯であるから虚偽記載であることを知って虚偽記載を行ったことが必要で、この故意がある取締役全員が罪となる。過失犯は問われなく、未遂も問われない。
同じ「重要な事項についての虚偽記載」であっても、その制度目的から、具体的な意味は当然異なる。これを「概念の相対性」という。一般論的にいえば、後者は行為者に刑事罰を課すため、可能な限り厳格な解釈と厳しい立証責任が課される。
まったく異なる目的の法的判断であることに加えて、現実の判断者が異なることも極めて重要である。前者は企業会計の専門家である内部監査役や外部監査者であり、監督官庁担当者であり、企業会計の専門家としての資格を有する公認会計士であるのが一般である。後者は単なる刑事訴追の権限者に過ぎない検察官である。無論、検察官でも企業会計を深く理解した者もいるが、そういう者は一層、専門家たる公認会計士の意見を参考に「重要事項性」と「虚偽記載性」を判断する。少なくとも自己の判断の専門性を担保することを忘れない。 そういう意味で多年にわたり、多数の公認会計士と監督官庁の専門担当官が虚偽記載がないとしてきた事実の無視は、それだけで検察官の独善を推認させる。
ゴーン事件の際立った特徴の1つが、極めて重大な犯罪構成要件要素である「重要な事項」という点について、検察のリークでは一切が無視・隠蔽されていることである。膨大な有価証券報告書の記載事項で重要でないものはない。それはあくまで形式な意味である。ここでいう重要性は市場の投資家が投資判断をする際に重要となるもので、つまり取引上の重要性である。検察官は公判で、この重要事項性の立証を求められることは必至である。通常、役員報酬は総額規制の枠内で個々の取締役の報酬が決定されているから、その総額規制を超えるなどの場合でない限り、投資判断に影響を与える意味の重要性はない。一体検察官は何をもって、本件取締役報酬記載が重要な事項であることを立証するのか。
(つづく)
<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)
福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。関連記事
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