築年数が50年を超す老朽化マンションでは、そこに住む住民も高齢化する。地域社会とのつながりはますます希薄化して孤独死も増える。建て替えもままならず、廃墟化というスパイラルに取り込まれる。自治会は機能せず、行政も人手が足りず手が回らない。マンション=都会の集合住宅というイメージをもちながら限界集落化していく。団塊の世代が後期高齢者となるなか、模索する住民もいる。
新住民と旧住民とでは
町内会についての意識がまるで違う
私が住む公営の集合住宅近くにあるマンションで、4年ほど前、火事騒ぎがあった。火元の住人は認知症当事者。火のついたままのストーブに給油し、灯油に引火して燃え広がった。本人は焼死。当然エレベーターは止まる。非常階段から逃れる住民の1人がつまずいてその場にうずくまり、避難の列がストップ。全員が恐怖を覚えたと証言している。古いマンション、そこに住む高齢者。大きな問題を抱えたまま住み続けなくてはならない。
新築でも自治会が機能しないマンションの街がある。神奈川県川崎市中原区の武蔵小杉駅といえばタワマンが林立する駅周辺として有名だ。当然町は人口増で賑わうことになる。町内の人口は15年で2.5倍と急増。しかし、町内会がこの3月末で解散となった。会員の激減がその理由である。
人口増なのに、町内会が解散? 人口急増は駅周辺の再開発でタワマンが3棟の建設によるもの。自治会・町内会は強制ではなく自由参加だ。御多分に漏れず高齢化した地元住民の約半分が町内会活動に参加できない。よそからきたタワマンの新住民は町内会には加入しない。住民たちが楽しみにしていた盆踊りも10年以上前から実施できなくなった。夏祭りや盆踊りは旧住民たちも加わり賑やかに過ごしたという。しかし新型コロナがブレーキをかけた。地域の清掃や防犯パトロールも不可能になった。住民の1人は、「タワマンができるとき、市は『地域のためになる』と説明したが、これでは地域の崩壊だ」と憤る。
武蔵小杉では、2007年にNPO法人「小杉駅周辺エリアマネジメント」(現・(一社)武蔵小杉エリアマネジメント)が設立された。タワマン内で自治会と似た役割を担いつつ、町内会や商店街、行政とのつなぎ役にもなる組織だ。これが苦戦している。国交省がマンション管理規約の「ひな型」を改正したことで、管理組合から「エリアマネジメント」に資金拠出が困難となった。活動賛同者のみが会費を支払うことになり、約5,000世帯だった会員がわずか70世帯にまで激減し大幅に活動の縮小を余儀なくされた。
タワマンに住む新住民と、古くからいる旧住民とでは町内会への期待も価値観も大幅に違う。「汗水流し、身銭を切ってまでコミュニケーションを取る必要性を感じない」というのが新住民の本音だ。私が住む公営住宅に隣接するURには自治会がない。「自治会活動は面倒」「余計な人とのかかわりをもちたくない」というのがその理由。半面、隣に住む住民の顔を知らない。だから緊急事態が発生しても隣人の助けを求めることができない。こうした「負の実態」を身近に感じ始めたとき、すでに「時遅し」で新しく立ち上げる気力も体力もないことに気づく。「孤独死があった」という噂を耳にした。しかしURは決して公表しない。密室のなかで不安だけが増殖していく。
「建て替え」ではなく「終活」を考える
日本で初めて民間の分譲マンションが誕生したのは1956年。以降、高度成長に沿うようにして各地で建てられた。23年、全国のマンションは約700万戸。全国民の1割がマンション住まいだ。当然「老朽化」が進む。国交省によると、築40年以上のマンションが23年末時点で約137万戸。10年前の3倍だ。さらに10年後には約464万戸に急増する。ここに浮上するのが「建て替え」である。問題は区分所有法の厳格さだ。現在所有者の「5分の4」の賛成を必要とされるのを、改正案では、「4分の3」に引き下げるとする。それでも各戸に課せられる建て替え費用は膨大となる。
「建て替え」ではなく、「終活」に舵を切ったマンションがある。「マンションの終活」である。小田急線柿生駅から徒歩15分。全19戸の連棟式マンションだ。築年数は30年と老朽化には程遠い。建て替えの話が出たが、業者のシミュレーションでは約9億円。19戸で割ると1戸あたり約4,740万円。戸数が少ない分、負担額も多い。この先の年金暮らしを考えると建て替えは無理。昨年大規模修繕工事を終え、建物を長く使う「長寿命化」に方向転換した。
東京都板橋区都営三田線高島平駅近くの「高島平ハイツ」(築50年、総戸数95)でも、「築80年まで使用」と方向転換した。同じ板橋区にある「カステル蓮沼」(築51年、総戸数52個)では、築80年以降に解体する可能性を想定して、約9,200万円を積み立てる計画にシフトさせた。「子や孫世代に1戸200万円ほどの負債を残すのはどうか。負債がないことはマンション全体の魅力にもつながる」という発想からだ。
板橋区のマンション条例には、「長期修繕計画作成を努力義務」としているが、実際に積み立てを実施している管理組合は少ない。マンション管理士の深山州さんは、「いつ解体するのかという住民の合意を取ることは、家計状態や価値観などがかかわり容易ではない。だが、建て替えや解体、長寿命化など終活のオプションはいくつかあり、少なくとも方向性は早めに合意を取ることが重要」と指摘する。こうした比較的小規模のマンションでは、終活を含めた総意が得やすい。団地内でのコミュニケーションはもとより、地域としての相互扶助的なかかわり方が可能だ。前述した武蔵小杉駅周辺の新旧住民の分断とは違い、昔ながらの緩い付き合いは続けることができるだろう。
タワマンに新しいコミュニケーションを模索
生活習慣や個人の志向の変化によりつながり方が細分化されている。武蔵小杉駅周辺に生まれた「武蔵小杉エリアマネジメント」のように、「新しいコミュニケーションづくり」を模索・挑戦する人がいる。
2011年5月、池崎健一郎さんは、東京都江東区有明1丁目にある33階建ての中古タワーマンションを購入。総戸数1,085戸、住民約3,000人。最上階にはジムやプール、露天風呂やサウナなどの共有施設があった。ところが共有施設の利用者は少ない。一念発起して12年に管理組合の役員になり、矢継ぎ早に共用施設でのイベントを企画。13年にはマンション独自のウェブサイトも立ち上げた。しかし次第に尻つぼみ。そこで企業に一任して自走してもらうという方法にシフト。ガララガだった屋上のバーも、毎週土曜日のコンサートで集客数アップ。プールの有効活用のためにスイミングクラブも立ち上げた。居住者のなかに講師がいることが分かり、ヨガやピラティス教室も開始。19年までに役員を6期務めた。この間、イベント開催数は年間4回から実に250回以上。プールの利用者は2.5倍に増えた。21年に、(株)「新都市生活研究所」を設立。仕事として管理組合と、マンション共有施設での物販やマーケティングをしたい企業などをつなぐ。池崎さんをここまで駆り立てたのは、大規模マンションでは、居住者同士や地域コミュニティとの間に壁があり、「都市の中の孤独」があることに危機感を抱いていたからだ。
契約する中央区のタワマン住民約120人に「マンション内の近所づきあい」についてアンケートを実施。「できている」との回答が約1割。「近所づきあいを深めたいか」には、6割が「深めたい」と回答。現実とのギャップが起業の背景にあった。また、住民同士や地域のコミュニティの形成が、地震などの防災力を高め、結果としてマンションの資産価値も高めることにもつながる。昨年10月、都内と武蔵小杉のタワマンなど29棟(総戸数2万264戸)の管理組合と契約した。あの武蔵小杉のタワマン住民もつながりを模索していたことに安堵の胸をなでおろしている。
※「朝日新聞」(25年2月8日)「マンション終活」「同」(25年2月14日)「『都市の中の孤独』に危機感」参考。
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。