検察の冒険「日産ゴーン事件」(12)
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青沼隆郎の法律講座 第20回
重要な虚偽記載となるための不可欠の要件
取締役報酬に関する重要な虚偽記載とは、実際に支給された報酬が総額規制を超えるものである場合と、総額規制の枠内であるが、実際にはその額の支給はなく、資金力の不足がありながら、それを隠蔽するいわゆる粉飾決算の場合である。重要なことは、どちらも実際に支給された役員報酬が判断の基準となっている。
本件嫌疑は以上のどちらでもない検察官が独自に創作した「重要な」「未払い役員報酬」である。
支給されていない将来の役員報酬は単なる観念的存在で、資産の現実の会社からの散逸ではないから具体的危険の存在を前提とする議論(刑事責任論)の対象とならない。
役員報酬合意書
■検察官の創作か。-有価証券報告書に記載しようがない「役員報酬合意書」―
検察官が立証すべき事項は、前述の「記載事項の重要性」と「未払い約定報酬の役員報酬性」である。そこで問題となるのが「役員報酬合意書」と検察官が主張する契約である。
(無論、役員報酬などの文言の有無は当該報酬・利益の本質とは関係のないことである)
契約であるからには契約当事者が適法な契約締結権限を有していなければならない。 件の合意書はゴーンと財務担当執行役員との間で締結されたという。現在、ゴーンの署名の有無が報道で議論されているが、署名は合意の存在を証明するに過ぎず、そのほかの方法で真意としての合意が証明されれば問題ない。
取締役の報酬は、会社と取締役の間の委任契約上に発生する取締役の金銭受給権であるが、その金額の決定権は会社側にあり、取締役はその告知をうけ了承することによって成立する片務的債権である。従って、会社の決定額を了承するというのが「合意」の実態となる。
以上の前提で本件合意書を検討すれば、ゴーンは受給権者であるから決定報酬額の告知を受け、承諾する立場であり、財務担当執行役員は会社を代表して決定役員報酬額を通知する立場となる。ここで明らかなのは、件の財務担当執行役員には適法な会社代表権がないこと、いわんや報酬額決定権がないことである。つまり、もともと本件合意書は権限のない者によって作成された合意書面であり、適法な役員報酬を決定する意味はない。
無効行為の転換理論(本来無効であるが、合意に何らかの法的拘束力が認められる場合の救済理論)によっても法的効力が認めようがないまったく無意味の文書である。ただ、書証としては、ゴーンが将来、相当の金銭的報酬を期待・希望していた証拠としての意味はあるが、それ自体は何ら犯罪ではない。これをいかなる理由で検察官は「確定した将来の役員報酬」と認定したのであろうか。判断の恣意性・独善性は明白である。
当該合意書は秘密とされ数名の限られた人間によってのみ、その存在が共有された、と報道された。いかにも「犯罪」然とした状況である。しかし、公表されても法的にはまったく無意味であり、強欲と無知を曝すだけの、ただの恥さらし文書であるから、表に出なかったにすぎない。報道の仕方もあまりにも節操がないという他ない。(つづく)
<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)
福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。関連記事
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