検察の冒険「日産ゴーン事件」(22)
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青沼隆郎の法律講座 第20回
公訴時効の成立
1:公訴時効制度の本質
公訴時効とは検察官の公訴権が個別の事件について消滅する制度である。公訴権は検察官に独占的に付与されており、検察官の特定の法律行為によってのみ、(消滅)時効の進行を停止させることができ(法254条)、それで必要かつ十分である。刑事法では民事法と異なり、取得時効はなく検察官の公訴権の消滅時効のみである。公訴権の消滅時効に関しては国民(犯人:推定無罪であるから国民と犯人を区別することはできない)は時効利益者であるから、国民のいかなる行為も時効利益を失う原因事実となることはない。たとえば、犯人が自首した場合でも検察官が公訴を提起しない限り、公訴時効は進行する。
公訴の提起のみが公訴時効の進行を停止できるということは、事件が公訴提起にふさわしい状況にあること「熟していること」が論理的前提となる。それは当然、犯罪事実(被害事実)のみではなく、犯人が特定されていること、とくに重要なことはそれらの事実を検察官が知っていなければならないことである。
しかし、公訴提起は刑事裁判手続の開始でもあるから、犯人に起訴状が到達しなければ、裁判は公訴棄却される。公訴棄却されれば公訴時効は再び進行する(法254条)。この場合には検察官に再度公訴提起を求めるまでもなく、時効停止の効果を持続させることで必要かつ十分である。
そこで起訴状の不到達の場合を例示的に2つ(国外滞在と逃げ隠れ[所在不明])示し、現実に公訴を提起してかつ、起訴状が不到達の場合に限って(つまり客観的な事実の実在の場合に限って)、時効停止の効力が継続することを規定したのが法255条である。
2:罪質による公訴時効停止の態様
窃盗罪においては被害事実と犯人の特定は一体事実ではない。従って、公訴時効の停止は検察官が犯人を特定できた時期以降に(公訴の提起により)成立する。しかし、会社犯罪である特別背任罪はその行為時に被害も犯人も特定されている。従って、検察が当該特別背任罪を初めて起訴したときが初めての時効停止でもあり、それ以前に検察官による公訴提起がない以上、公訴時効は停止することもない。無論、ゴーン事件の場合においても当然であるが、ゴーンが外国に滞在するか国内に滞在するかにかかわらず、起訴状の到達が不能ということはない。起訴状はゴーンの外国の住所であれ、日産の会社所在地であれ送達可能である。ゴーンが「逃げ隠れ」した事実は一切存在しないからである。
念の為、法255条の条文の構造を説明すれば、起訴状の不到達となる事例を「外国にいる場合」と「逃げ隠れ」の場合を例示し、起訴状の送達が「できなかった」という過去形によって、実際の公訴提起の存在を論理的前提として、時効停止の効果が持続することを宣言している。この実際の公訴提起が論理的前提になっていることは、法255条2項を受け、刑事訴訟規則166条において、公訴提起をする場合、先に公訴提起によって公訴時効が停止された事実を証明するための要件が規定されていることからも明らかである。
検察は単に「犯人が外国にいる場合」を独立した時効停止要件とし、ゴーンは外国滞在期間が相当期間あり、それらを差し引けば、公訴時効は成立していないと主張するが、法255条の解釈の誤りは明白である。
なお、56年前に最高裁は白山丸事件で、犯人の外国滞在期間の公訴時効の停止を認める判決をしているが、当該事件で実際に公訴提起の後の外国滞在かどうか(つまり、先行する公訴提起の存在を前提としない)までは明白でなく、外国滞在が独立した公訴時効停止の法律要件と認めた判例かどうかは不明である。
以上により、ゴーンの特別背任罪については公訴時効が成立していることは明白である。
(つづく)
<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)
福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。関連記事
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