新冷戦・米中覇権争い 文明論から見た米中対決(3)
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福岡大学 名誉教授 大嶋 仁 氏
現代中国の自己矛盾
前述の通り、今の中国がアメリカと対抗することは非常に難しい。そのことを裏付ける事例をもう1つ出そう。数年前、ソウルでの学会において起こったことである。
そのとき私は、何人かの研究発表を取り仕切る司会役を務めていた。発表者のなかに中国人の若い男性がいた。その男性は日本語こそできなかったが英語が達者で、発表も英語でするはずであった。ところがいざ始まると、いきなり中国語で話し始めたのである。私は中国語がわからないし、聴衆の多くは韓国人と欧米人であったので(中国人も少しいた)、英語で発表するよう彼に促した。ところが彼、はっきりとした英語で、「断固拒否する」と言ったのである。
私としては困った事態になったわけだが、幸い彼が最後の発表者だったので、その理由を聞いてみた。すると「なぜ中国人なのに、英語で発表しなくてはならないのか。中国はアメリカ合衆国の植民地ではない」と憤りをあらわにした。
私にはこの発言は認めがたかったが、その心情がわからないでもなかった。というのも、一瞬、彼のうちに明治日本の留学生の内面の苦闘を見たからだ。そこでさらに興味をもって、部会を解散した後個人的に話してみた。一体どういう事情でそういう考えに至ったのか、知りたかったのだ。
彼によると、数カ月前に2年間のアメリカ留学を終えて帰ってきたのだという。で、アメリカでの滞在はさんざんだったのだそうだ。何が嫌だったのかと尋ねると、「アメリカ人には中国への尊敬がない。中国人を無知だと思っている」というのであった。彼を何より傷つけたのは、アメリカ人の「無礼」である。「無礼はどういう意味か?」と尋ねると、「彼らは儒教を知らない」という。「儒教を知らないのは当然ではないのか?」とさらに尋ねると、「彼らは知ろうともしない。傲慢なのだ」という。私は彼の怒りになかば同情しつつも、これでは中国はやっていけないと思った。
というのも、その若い中国人が「儒教」という言葉を発した、まさにそこに問題があるからだ。彼の人々に対する態度のどこにも儒教的な「礼」などなかった。すなわち、彼は現代中国の自己矛盾を体現していたのだ。一方ではアメリカにあこがれ、そのあこがれの底には敵意と羨望がある。他方では、そのアメリカになじめないことから、今度は己の文化的伝統に逃げ道を見つけ、それを道具に自己弁明をしようとする。ところが、実のところ、儒教がどんなものであるか、その「いろは」すら知らないのだ。これが現代中国の大きな問題点なのだ。
もう1つ例を出そう。これも数年前、ある国際学会での話だ。ある中国の学者が、自説を説明するのに現代西欧の哲学者ジャック・デリダの「脱構築」(デコンストラクション)なる方法に言及したのである。私はつい黙っていられなくて、質疑応答の時間に「何もデリダを出さなくても、中国には偉大なる脱構築の達人、老子がいるではありませんか」と言った。ところがその学者、“西洋のこと”ばかり勉強してきたものだから、老子をデリダの古代版として認識すること自体、思いもよらなかった。苦しまぎれに、「ここは西洋のことを語る場所です」と答えにならない答えをした。
私は中国人が中華思想をつよく抱いているにもかかわらず、自国のそれこそ「文明」を知らないのを見て、「これはまずい」と思っている。日本も同じようなことをしてきたので他国のことは笑えないのだが、「後進」の者が「先進」の者に追いつきたい一心で焦っているときに陥りやすい欠点に、中国も陥っているのだ。いたし方のないことかもしれないが、このまま進んで行けば先は暗い。中国が「屈辱」を晴らしたいのなら、まずは己の伝統を再確認し、それと欧米の文化と突き合わせ、そこからものをいう必要があるであろう。
(つづく)
【大嶋 仁】<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)
1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。関連記事
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