2024年11月30日( 土 )

今、世界中で揺らぐ、「国家」という概念!(中)

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元国際基督教大学 教授 高橋一生氏

世界は文明のある国家と文明のない国家で成り立っている

 ――「国家」概念の揺らぎと並行して、人類史上初めてのグローバル文明「パックス・ブリタニカ」と「パックス・アメリカーナ」が終焉を迎えようとしています。少し振り返ってもらえますか。

 高橋 ナポレオン戦争(1803年から1815年にかけてヨーロッパ大陸全域を舞台にして断続的に発生した各戦争の総称。いずれの戦争においてもフランス皇帝ナポレオン1世がその中心にいたことからこのように名付けられた)後のウィーン体制において、保守政権をベースにしたヨーロッパ協調体制ができ、その後1860年代、70年代にはドイツ、イタリアなどの国家が形成されていきました。

 同じタイミングで、日本では明治維新(日本資本主義形成の起点となった政治的、社会的、文化的な一大変革。西洋列強の植民地化に対抗して、関税自主権を回復させるために、強力な中央主権国家をつくる必要があった)が起こりました。

 「パックス・ブリタニカ」とは「イギリスによる平和」を意味します。1815年のウィーン会議以後、第一次大戦までの約100年間、いち早く産業革命を達成したイギリスが、その工業力と海軍力にものを言わせて、ヨーロッパの勢力均衡のバランサーの役割を担い、比較的平和な時代を維持しました。イギリスは世界展開していく過程で、「世界というのは文明のある国家と文明のない国家で成り立っている」という明確な思想をもっていました。文明社会の前提としては、「法治国家」「民主主義」「人権」「自由」などが挙げられます。

 非文明国に対しては、できるだけの文明を与え、同時にイギリスそのものとしては、国益を追求(ほかのヨーロッパ諸国には、自由貿易体制の強制や非ヨーロッパ地域への不平等な従属関係の強要も伴った)していきました。すなわち、押し付けは最小限度にしながら、文明社会と非文明社会を調和して成り立たせたのが100年続いたパックス・ブリタニカといえます。

アメリカがその圧倒的な軍事力と経済力で世界平和を維持する

 次に「パックス・アメリカーナ」(アメリカによる世界平和)です。イギリスが文明社会の前提とした、「法治国家」「民主主義」「人権」「自由」などを、「イデオロギー」として押し付けたのがパックス・アメリカーナです。歴史的には、1890年代頃にはアメリカはすでに鉄鋼生産力でイギリスを上回りました。その後、第一次世界大戦を経て、第二次大戦後には、アメリカは世界経済の40数パーセントを占め、イギリスの圧倒的な債権国になっています。第二次大戦後には、アメリカが軍事力(海軍を中心)と経済力で維持する「パックス・アメリカーナ」が誕生しました。その誕生を予見する象徴的なできごとが「大西洋憲章」の調印です。(1941年8月14日に、米国大統領ルーズベルトと英国首相チャーチルにより発せられた共同宣言。恐怖からの自由、飢餓からの自由、政治体制選択の自由、領土不拡大、民族自決、通商・資源の均等開放、安全保障など、第2次大戦および戦後処理の指導原則を明らかにしており、後の国際連合憲章の基礎となった)

 パックス・アメリカーナの特徴は、自国がイデオロギー国家として成立した経緯を世界に適応しようとすることで、自由、人権、民主主義、市場経済を普遍的な価値と定義し、それを世界におよぼそうとすることです。それを実現するために、たとえば市場経済に関していえば、貿易に関して、GATT(関税貿易一般協定)やWTO(世界貿易機関)などの体制を通じてアメリカの市場をグローバルコモンズとして、世界に開放し、世界全体にも徐々に市場を開放させようとしました。

経済ではアメリカはグローバルコモンズでなくなりました

 ブレトン・ウッズ協定(1945年に発効した国際金融機構についての協定。米ドル紙幣の金兌換比率を1オンス35USドルの固定比率とした)でドルは世界の通貨となりました。しかし、1971年のニクソン・ショックで金兌換が停止されてからは、アメリカの力は「信用力」だけで成り立っています。その信用力は「海軍力」です。歴史上、主要通貨と「海軍力」は一致します。海軍力が貿易ルートを支配、実体経済を支えているからです。通貨面では基軸通貨としての基盤が揺らぎ始めていますし、通商面においては、アメリカ国家は「グローバルコモンズ」ではなく、自由貿易体制をバックアップする力もなくなりました。

 「文明」というオブラートに包んだかたちで、押しつけでなく、世界における「法治国家」「民主主義」「人権」「自由」などを目指した「パクス・ブリタニカ」とそれらを、「イデオロギー」として強引に押し付けた「パックス・アメリカーナ」と方法論は違いますが、根っこの部分では同じで、2つを合せたこの200年間が、人類最初のグローバル文明と考えることができます。それが今終焉を迎えようとしています。

(つづく)

【金木 亮憲】

【略歴】高橋一生(たかはし・かずお)
 元国際基督教大学教授。国際基督教大学国際関係学科卒業。同大学院行政学研究科修了、米国・コロンビア大学大学院博士課程修了(ph.D.取得)その後、経済協力開発機構(OECD)、笹川平和財団、国際開発研究センター長を経て、2001年国際基督教大学教授。
東京大学、国連大学、政策研究大学院大学客員教授を歴任。国際開発研究者協会前会長。
現在「アレキサンドリア図書館」顧問(初代理事)、「リベラルアーツ21」代表幹事、「日本共生科学会」副会長などを務める。専攻は国際開発、平和構築論。主な著書に『国際開発の課題』、『激動の世界:紛争と開発』、訳書に『地球公共財の政治経済学』など多数。

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