2024年11月24日( 日 )

ビジネスリーダーに捧げる「アートの愉しみ方」!(後)

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美術館の使い方のキーワードは「常設展」ということです

――印象派のこと、浮世絵のこと、ジャポニスムのことも理解できました。では具体的に美術館に足を踏み入れたとします。その後の鑑賞の仕方について教えていただけますか。

 岩佐 いよいよ具体的ですね(笑)。大きく2つのポイントがあります。人が美術館に足を運ぶのは、平均して年に2回、3回で、テレビ局や新聞社の宣伝の効いた企画展に行くことが多いのではないかと思います。それも悪くありませんが、僕はまず「常設展」の美術館を見て歩き、わが眼を豊かにしていく、このような美術館の使い方をお薦めしています。常設展を大切に、ということなんですね。

 印象派では、東京であれば、「国立西洋美術館」と2020年1月に再オープンする「アーティゾン美術館」(旧・ブリヂストン美術館)が双璧です。加えて「ポーラ美術館」(箱根)も、繰り返し訪ねていただきたい印象派の聖地です。西日本であれば、「大原美術館」(倉敷)、「ひろしま美術館」(広島)などの常設がお薦めです。「浮世絵」に関してはスカイツリーに近い「すみだ北斎美術館」や原宿の「太田記念美術館」がいいでしょう。

 どこの美術館にどの名画があるのか、代表例だけでもわかってくると、美術館巡りが楽しくなります。1つひとつの美の体験がやがて宝石のブレスレットのようにつながってくる。そんな変化にも気づかれるはずです。僕は絵の鑑賞はワインの舌を養うのに良く似ていて、繰り返し味わうことで次第に自分の美のスタンダードができると考えています。

美術館内では、「2×2×2」の法則に基づいて鑑賞をする

モネの「ラ・ジャポネーズ」

 2つ目は、いよいよ美術館に足を踏み入れた場合のことです。ここで、僕は「2×2×2」の法則を提唱しています。単純なのに意外と評判がいいんです(笑)。どういうことかというと、まず、「2人で行こう」ということです。2人で鑑賞すれば、同じ絵でも違った見方が交換できます。他人の見方はすぐに自分の役に立ってくれ、自分の見方の幅ができるのを感じるはずです。次に、「2周しましょう」と言っています。ざっと、1周して気になる絵をチェック、2周目はそれらを重点的にじっくり見るということです。そう心構えをしておけば、見落としてはならないと、タイトルばっかり熱心に見るようなこともなくなるかもしれませんしね(笑)。

 最後は「絵葉書を2枚買いましょう」ということです。「図録」を買うのも悪くありませんが、家でじっくりご覧になられる方はほとんどいません。それより、気にいった絵葉書を2枚買って帰り、冷蔵庫に貼りつけておくことをお薦めしています。男性であれば缶ビールなどを取り出す時、女性であれば、料理の食材を取り出す時など、必ず目に入るからです。

 美術の見方、記憶の仕方というのは、何度も、何度も、見ることによって、頭に摺り込むことなのです。そうしたものが頭の奥に積み上がってくれば、自分の美のモノサシになります。先ほどのワインの舌ができる話と似ています。それで自分が十分に満足できたら、その絵葉書を使って、友人や離れている家族などに手紙を出すととても喜ばれますよ。このようなことを繰り返し行っていけば、自分の好きそうな絵の情報も自然と集まるようになります。

 私の畏友の中島健一郎氏(元毎日新聞社専務、現在は千葉で「土太郎村」を経営)はこの「2×2×2」の法則をとても気に入ってくれて、さらに御自身で最後に“2”を加えられ、実践されています。最後の“2”は、「まず遠くから眺め、全体を把握したうえで、次に近寄って、細部や筆遣いを味わう2度見をしましょう」ということです。この見方は、実は印象派の絵や日本の水墨画などを見るときに必須の手法です。いいと思ったらご友人にもお勧めください。

自尊でもなく、自虐でもなく、自国の文化を正当に評価しよう

 ――時間になりました。読者へのエール、そして、先生の今後の活動予定などを教えていただけますか。

 岩佐 ルネサンスやバロックを、キリスト教の歴史書を首っ引きで紐解きながら学ぶのも悪くはないです。

 しかし、多忙を極める日本のビジネスリーダーにとって、近代西洋美術を一挙に把握するにはもっと優れた方法があります。僕が講義などを通じて繰り返し語ってきた「ジャポニスム」です。ジャポニスムの元は「浮世絵」(画法、理論、宗教観)で、これが明治開国とともに欧米に流出して、ルネサンス以来の伝統的な絵を勉強してきた向こうの若者に大変なショックを与えました。才能ある、モネ、マネ、ドガなどは浮世絵の影響で印象派を生み出しました。「決して逆ではない」ということです。このことは、フランスのドゴール政権下のアンドレ・マルロー文化大臣も認めているところです。

 逆に西洋に留学した日本の学者が軽視しがちなところでもあります。ここの美術史の首根っこみたいなところをまずしっかりとつかんでいただきたい。その高みから逆に見ればルネサンスも見えてくるし、明治以降の日本絵画も同時にわかります。こんなことをいうのも、日本人が過大な自尊でもなく、また自虐でもなく、自国の文化をもっと正当に理解して、誇りをもつ必要があると僕は考えるからです。

 長年海外とのビジネスをやってきて切に感じるのですが、外国との政治交渉や海外企業との取引において、最後に日本人を支えるのは自国文化への矜持だと思います。

エミール・ガレ「脚付き杯 蜻蛉」

 たとえばパリに出張して印象派の絵を見たら、今までのように崇拝するだけでなく、「やあ、自分たちの生んだハーフの美人が元気にやってるね」とか感じていただけるとありがたい。また、外国の取引先と夜の宴席になったら、いつまでも金儲けの話ばかりしていると馬鹿にされますので、ひとこと「北斎の春画の、蛸と海女を知ってるかい」などと話題を披歴してもらいたいものです。日本の文化的自信を背景に、堂々と欧米人と渡り合ってほしいと思っています。

 本日は、取材を受けてビジネスリーダーの方を念頭にお話をさせていただきました。今後、僕としてはもっと若い方にもこうした話をお伝えして行きたいと思っています。本日のお話が読者の皆さまの少しでも役に立てば、嬉しく思います。またお会いしましょう。

 

 ――2021年度には「大阪新中之島美術館」ができ、これまで蒐集されてきたモディリアーニ、ユトリロ、佐伯祐三らのコレクションや、日本の世界に誇る抽象画の団体、「具体」の作家たちの絵が公開されると聞いています。それを契機に大阪は美術・博物館都市として、ベルリンのような都市になっていただきたいと思います。関西在住の先生の今後ますますのご活躍を期待いたしております。

(了)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
岩佐倫太郎氏(いわさ・りんたろう)
 
美術ソムリエ・美術評論家
 大阪府出身。京都大学文学部(フランス文学専攻)卒業。大手広告代理店で、美術館、博物館や博覧会などの企画とプロデューサーを歴任。ジャパンエキスポ大賞優秀賞など受賞歴多数。「地球をセーリング」(加山雄三)ほか作詞。美術関係の記事を企業のPR誌や雑誌に執筆するほか、大学やカルチャー・センターで年間50回を超える美術講演をこなす。近著として『東京の名画散歩~印象派と琳派がわかれば絵画がわかる』(舵社)。美術と建築のメルマガ「岩佐倫太郎ニューズレター」は、多くのファンをもつ。ブログは「iwasarintaro diary」。

(中)

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