再審開始の湖東記念病院事件 県警の捜査資料から新たな疑惑(前)
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入院患者を殺害した罪で服役した元看護助手の女性が冤罪を訴え続け、今年3月、再審(裁判のやり直し)が確定した「湖東記念病院事件」。この注目の事件をめぐり、滋賀県警が2004年に作成していた捜査資料から新たな疑惑が浮上した。県警は女性を逮捕した当初から、唯一の有罪証拠となる女性の自白が嘘だとわかっていたのではないか――という疑惑だ。
検察のせいで始まらない再審公判
「湖東記念病院事件」の再審の公判は当初、今年中に始まる見通しだと伝えられていた。しかし結局、来年以降にずれ込むことになりそうだ。現在は再審の公判開始に向け、大津地裁で裁判官、検察官、弁護団の三者協議が行われているところだが、検察官の協議への取り組み方がルーズであるためだ。
再審の当事者である元看護助手、西山美香さん(39)はこう話す。
「検察は、開示していない証拠のリストを8月までに提出すると約束していたのに、9月の三者協議でも提出しなかったんです。検察にも腹は立ちますが、裁判所は検察にもっと厳しく言って欲しいです」。
西山さんは、殺人罪で懲役12年の判決を受けて服役したが、あきらめずに冤罪を訴え続け、満期出所後に再審開始の決定を勝ち取った。検察側は、再審で改めて有罪を立証する方針を明らかにしているが、過去に再審で再度有罪判決が出た例はない。そのため、西山さんも再審で無罪判決を受けることが確実視されている。にもかかわらず、検察のルーズな態度のため、再審の公判がなかなか始まらないわけである。西山さんは明るい話しぶりだが、内心では、いら立ちがまったくないわけではないだろう。
そんななか、この事件に関する新たな疑惑も浮上した。滋賀県警が2004年に西山さんを逮捕した当初から、すでに西山さんの自白が嘘だとわかっていたことを示す捜査資料が見つかったのだ。
病死が殺人と誤認された疑い
ここで一応、事件の経緯を振り返っておこう。
事件発生は16年余り前に遡る。滋賀県愛知(えち)郡(現在は東近江市)の湖東記念病院で、03年5月22日の早朝、長く植物状態だった男性入院患者・Aさん(当時72)が容態を急変させ、亡くなった。そしてほどなく滋賀県警がAさんの死に事件性を見出し、捜査に乗り出した。
県警が当初疑ったのは、当直だった女性看護師と女性看護助手の2人が何らかの「過失」により、Aさんの「異常事態」を見逃したのではないか――ということだった。そのため、2人は1年余り、県警から断続的に勤務状況などを厳しく追及された。その結果、看護助手が次のように「犯行」を自白し、04年7月6日、殺人の容疑で逮捕されたのだ。
「私はAさんの人工呼吸器のチューブを外し、窒息死させました。看護助手の待遇が不満で、病院を困らせようと思ってやりました」。
この看護助手が、当時24歳だった西山さんである。この自白内容は当時、テレビ、新聞で一斉に報道され、若い女性看護助手による身勝手な殺人事件だと印象づけられた。
しかし、同年9月に大津地裁で始まった裁判では、西山さんは自白を撤回し、無実を訴えた。そして審理が進むなか、西山さんを有罪とする証拠は事実上、自白しかないほどに乏しく、その肝心の自白も内容が激しく変遷していることが明らかに。そのうえ、検察官は西山さんが看護助手の待遇に不満をもっていたと示す確証も何1つ法廷に提示できなかった。
だが、それにもかかわらず、西山さんは05年11月、長井秀典裁判長から懲役12年の判決を宣告された。そして控訴審の大阪高裁、上告審の最高裁でも無実の訴えを退けられ、有罪が確定。17年の夏まで和歌山刑務所で服役生活を強いられた。
西山さんはこう振り返る。
「警察や検察にはわかってもらえなくても、裁判所にはわかってもらえると思っていたのに・・・と落ち込みました。刑務所での生活では最初のうち、自暴自棄になり、扉を蹴り飛ばしたり、扉に頭をぶつけたりして、何度も懲罰を受けました」。
出所後、弁護団の再審請求活動の一環として精神科医の診断を受けてわかったことだが、西山さんは発達障害と軽度の知的障害を有していた。西山さんが刑務所で暴れてしまっていたのは、その影響もあるようだ。
そんな辛い服役生活だったが、両親が滋賀から和歌山まで毎月2回面会にきてくれたほか、中学校の先生が支援団体を結成し、地元の人たちに冤罪を訴えてくれた。そんな周囲の支えもあり、西山さんは冤罪を訴え続けることができた。
そして17年になり、事態が大きく動く。弁護団(団長・井戸謙一弁護士)が3人の医師(循環器科医師、法医学者、腎臓病理学の専門医)にAさんの死因を再検証してもらったところ、3人全員が「Aさんの死因は、致死性不整脈である可能性が極めて高い」と結論したのだ。致死性不整脈とは、放置しておくと突然死に至る危険な不整脈である。つまり、この事件はそもそも殺人事件ではなく、植物状態の入院患者が病死した事案だった疑いが医師3人により示されたのだ。
当時、再審可否の審理を担当していた大阪高裁(後藤真理子裁判長)は、この医師3人の鑑定意見を重く見た。そして西山さんは出所後の17年12月、逮捕から13年余りの年月を経て、ついに大阪高裁から再審を開始する決定を受けた。その後、検察はこの決定を不服として最高裁に特別抗告したが、今年3月、最高裁はこれを棄却し、西山さんの再審を確定させたのだ。
以上が事件の経緯だが、警察、検察、裁判所が患者の病死を殺人事件と誤認し、無実の女性から20代、30代の貴重な時間を奪ったのが真相ならば、これほどひどい話はない。
(つづく)
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