パフォーマンスにも影響
カフェや図書館のような公共性のある空間だと、なぜか家に1人でいるときよりも仕事や勉強がスムーズに進む。あるいは、誰かを前にしたときのほうが、普段以上の力が発揮できる。前回(vol.89/2025年10月末発刊)は、こうした他者の存在によって自分のパフォーマンスが変わる現象について、心理学の観点から紹介した。このようなパフォーマンスが向上する現象は、心理学では「社会的促進」と呼ばれている。一方で、他人に見られていると、普段できていたことが急にぎこちなくなってしまうような現象は、「社会的抑制」と呼ばれる。
このパフォーマンスの成否を分ける要因は、課題の習熟度に依存すると言われている。よく慣れている課題であればパフォーマンスが高まり(社会的促進)、逆に不慣れな課題だとパフォーマンスが低下する(社会的抑制)。今回は、なぜ社会的促進が起こるのかについてまず考えてみよう。
社会的促進のメカニズム
社会的促進の基盤となる理論を築いたZajonc1は、他者の存在により生理的な覚醒状態が引き起こされることで、社会的促進が起こると考えた(動因説2)。この理論は、生理的な覚醒(興奮)状態になることで、その状況下で最も起こりやすい反応、つまり優勢な反応の発生が強化されるというメカニズムを想定している。そのため、習熟した課題であれば正しい反応が優勢な反応となるため、パフォーマンスが向上する。逆に、苦手(未習熟)な課題であればミスが優勢な反応になるため、パフォーマンスが低下する、というわけだ。
この理論に対して、Cottrellらは「他者に評価される」ということへの不安が、覚醒状態を引き起こすという「評価懸念説」を提唱し、社会的促進が起こる際の文脈の重要性を強調した3。私たちの感覚からしても、「人に見られている」という認識が興奮状態を引き起こすという説明は、非常に解像度が高く納得感があるだろう。しかし、Zajoncは評価という文脈がなくても、ただ他者がそこに存在するだけで社会的促進が起こるという立場を強調した。彼は、この論点を非常に独創的な研究手法で検討している(ここから先は虫の話が出てくるので、苦手な人はご注意を)。
なんと、Zajoncらは人間ではなくゴキブリを対象にして、この社会的促進の現象を検証したのである4。この実験では、直線の迷路(単純課題)とT字型の迷路(複雑課題)での課題成績(ゴールまでの時間)を測定している。この際に、単独で迷路に挑む条件と、迷路の外側にほかのゴキブリたち(観衆)が存在する条件を設定することで、他者の存在の影響を検討したのである。
その結果、驚くべきことにゴキブリにおいても、社会的促進と抑制の両方が確認された。単純課題では、観衆がいるほうがスピーディーに迷路を走破する、社会的促進が観察された。一方、複雑課題になると、壁にぶつかるなどのミスが増えてゴールが遅くなる、社会的抑制が起きていたのである。
ここで重要となるのは、単に虫でも社会的促進が起きた、という事実にとどまらない。Cottrellらの評価懸念説では、他者からの評価に対する不安が社会的促進のトリガーであった。この研究でZajoncたちが提起したのは、はたしてゴキブリのような動物が他者の評価を気にするのだろうか、という論点だ。ゴキブリが他者からの評価という概念をもたないという前提5に立てば、「ゴキブリで社会的促進が見られた」という事実は、ただそこに他者が存在するだけで社会的促進が起き得ることを示したことになる。
社会的促進を完全に説明する理論には、現代でもいまだ決着がついていないのだが、こうした研究成果から、少なくとも「単純に他者が存在するだけの状況でもこの現象が起こる」といえることがわかっている。
どこからが他者なのか
さて、ここまでの話のまとめとして、私たちはただ他者が同じ場に存在しているだけで、少なからず影響を受けてしまう生き物であるようだ。その後も、社会的促進はさまざまな観点から研究が進み、社会心理学の一分野として、大きな発展を遂げた。このような頑健な心理学的現象が確立されると、それを応用した新たな観点の研究も進んでいく。
たとえば、社会的促進は「他者の存在」がトリガーとなって発生するといえるのだが、逆説的にいえば、社会的促進が発生すれば、そこに他者の存在を感じているとみなせるのではないか、という問いを立てることができる。実際、こうした観点から他者の存在感や実在感を検証する方法として、社会的促進・抑制を応用するような研究も行われている。
具体的には、Aielloらは、その場には他者が実在していないのだが、Webカメラ越しに監視されていることを示唆すると、社会的促進が起こることを示している6。また、コンピュータ上の仮想アバター7やロボット8を同席させることで、社会的促進の発生を検討した研究もある。こうした研究でも人を同席させた場合と同様に、単純な課題では社会的促進、複雑な課題では社会的抑制が起こることが確認されている。さらには、「この部屋には幽霊が出る」とほのめかすことで、社会的抑制が起こることを報告している研究例も存在する9。
こうした研究を踏まえると、私たち人間にとっての「他者がいる」とは、誰かが物理的に存在しているかどうかではなく、私たちの心がそこに他者を見出しているかどうかなのかもしれない。場合によっては、ロボットや心霊現象など、人のかたちをしていなくてさえ構わないのかもしれない。だとすれば、単純作業の際には、存在感抜群のぬいぐるみなどをデスクに置いてみると、パフォーマンスが高まるかもしれない。
1 多くの人は発音のイメージがつかないと思うが、「ザイアンス」と読む。社会心理学では非常に有名な研究者で、この人名をすらっと読めると「ちゃんと社会心理学を知っているな」と思ってもらえることが多い。ちなみに、課題の習熟度によって、社会的促進と抑制の起こりやすさが異なることを示したのも彼である。
2 Zajonc, R. B. (1965). Social facilitation: A solution is suggested for an old unresolved social psychological problem. Science, 149(3681), 269–274.
3 Cottrell, N. B., et al. (1968). Social facilitation of dominant responses by the presence of an audience and the mere presence of others. Journal of Personality and Social Psychology, 9, 245–250.
4 Zajonc R. B., Heingartner A., & Herman E. M. (1969). Social enhancement and impairment of performance in the cockroach. Journal of Personality and Social Psychology, 13, 83–92.
5 あくまでも1つの立場、論点であり、昆虫の社会性を否定するものではない。昆虫の社会性も非常に面白いテーマなのだが、それはまた別の機会に...。
6 Aiello, J. R., & Svec, C. M. (1993). Computer monitoring and work performance. Journal of Applied Social Psychology, 23(7), 537–548.
7 Park, S., & Catrambone, R. (2007). Social facilitation effects of virtual humans. Human Factors, 49, 1054–1060.
8 Riether, N., et al. (2012). Social facilitation with social robots. IN Proceedings of the Seventh Annual ACM/IEEE International Conference on Human-Robot Interaction, Boston, MA, 41–47.
9 Bering, J. M., McLeod, K., & Shackelford, T. K. (2005). Reasoning about dead agents reveals possible adaptive trends. Human Nature, 16, 360–381.
<プロフィール>
須藤竜之介(すどう・りゅうのすけ)
1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は人間環境大学総合環境学部環境情報学科講師。

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