2024年11月18日( 月 )

再審開始の湖東記念病院事件 県警の捜査資料から新たな疑惑(中)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ
滋賀県警察本部
滋賀県警察本部

自白調書と異なる内容の検証調書

 では、滋賀県警が04年に西山さんを逮捕した当初から、すでに西山さんの自白が嘘だとわかっていた疑惑が浮上したとは一体どういうことか。それを説明するには、西山さんの自白内容を最小限確認しておかないといけない。

 西山さんは、「Aさんの人工呼吸器のチューブを外し、殺害した」と自白していたが、この自白が本当だと考えるには、実は大きな問題があった。というのも、Aさんの人工呼吸器は、チューブが外れるとアラームが鳴り、消音ボタンを押すと一時的にアラームは鳴りやむが、チューブが外れたままで1分が過ぎると再びアラームが鳴り出す仕組みだった。そのため、西山さんが一緒に当直をしていた看護師らに気づかれず、自白通りの犯行を実行するには、人工呼吸器のアラームについて、何らかの対処を講じる必要があったのだ。

 西山さんの自白調書では、この問題が次のようなやり方でクリアされたことになっていた。

 「Aさんの人工呼吸器のチューブを外し、ピッとアラームの音が鳴ったところで消音ボタンを押して、このアラームを消しました。そして、次にアラームが鳴るまでの時間を1、2、3、4と数え、1分になる前に再び消音ボタンを押し、アラームを消し去りました」(当該部分の要旨)。

 実際、このやり方ならば、アラームを鳴らすことなく、Aさんの人工呼吸器のチューブを外して窒息死させることは可能だ。そして裁判では、この西山さんの自白が信用され、有罪認定されたのだ。

 だが、西山さんはこう話す。

 「私は、本当は1秒、2秒と時間が進むのと同じ速さで、60も数えることができないんです。試しに何回かやってみたら、60を数えるのに、1分30秒くらいかかるんです」。

 西山さんが発達障害と軽度の知的障害を有することを思えば、いかにもありそうな話だ。そして、他ならぬ滋賀県警も04年に西山さんを逮捕した当初、すでにこのことに気づいていた疑いが捜査資料に現れているのだ。

 その捜査資料とは、刑事部捜査第一課の渡邊喜則巡査部長(肩書は当時。以下同じ)が作成した04年7月24日付け検証調書だ。この検証調書では、逮捕から15日後の同21日、西山さんが湖東記念病院において、「被害者」のAさん役の警察官相手に人工呼吸器のチューブを外したり、消音ボタンを押したりするなど「犯行」を再現した検証の様子が何枚もの写真で詳細に報告されている。ところが、消音ボタンでアラームを鳴らないようにした場面の写真に書き添えられた説明文は次のような内容で、「アラームが鳴るまでの時間を数えた」という肝心な話が出てこないのだ。

 〈被疑者は、同室に入院していた患者2人の様子を見た後、仮想被害者と正対するかたちに戻り、続いて「1分経ったらあかんから、だいたいの感覚でボタンを押した。」と申し立て、その体勢から人工呼吸器が置いてある方向に左反転し、1回目と同様に人工呼吸器のパネルにある消音ボタンに手を伸ばして、左手の人差し指で同ボタンを押す動作をとって当時の状況を再現した〉

(04年7月24日付け渡邊喜則巡査部長作成の検証調書より)。

渡邊巡査部長が作成した2004年7月24日付け検証調書の問題部分
渡邊巡査部長が作成した2004年7月24日付け検証調書の問題部分
※クリックで拡大

 ここで注目していただきたいのは、「1分経ったらあかんから、だいたいの感覚でボタンを押した」という部分だ。自白調書では、西山さんは人工呼吸器のチューブを外したまま、「アラームが鳴るまでの時間を数えた」ということになっていた。しかし、この検証調書では、人工呼吸器のチューブを外したまま、アラームが鳴る1分が経つ前に「だいたいの感覚」で消音ボタンを押したというまったく異なる説明をしているのだ。

 西山さんはこう話す。

 「この検証の時は警察の人がずっとビデオカメラで撮影していて、最近になって弁護士の先生と一緒にその映像をDVDで確認したんです。私がアラームが鳴るまでの時間を数えたという話をしないことについて、その場にいた警察の人たちは何も事情を聞かないので、弁護士の先生は『大事なことなのにな』と言っていました」。

 普通に考えれば、検証に立ち会っていた警察官たちは、西山さんにはアラームが鳴るまでの時間を正確に数えるのは無理だとわかっていたのだろう。だから、西山さんの自白調書と異なる説明を放置したのだ。

 さらに西山さんはこういう。

 「患者さんのおむつ交換をする時、人工呼吸器のチューブが外れてアラームが鳴り、それを消音ボタンで消すことはよくありました。でも、チューブが1分外れたままだったら、またアラームが鳴るなんてことは、私はそもそも知りませんでした」。

 実際、筆者が医療関係者らに話を聞いても、誰もが異口同音に「看護助手は人工呼吸器を扱ってはいけないので、1分でアラームが鳴るとか普通知らないはず」と言った。こうした医療界の常識に照らしても、西山さんの自白調書のうち、「アラームが鳴るまでの時間を数えた」という部分は取調官が創作した虚構だとみるほかない。

(つづく)
【片岡 健】

(前)
(後)

関連記事