2024年11月26日( 火 )

学生起業の実態を探る~これでいいのか九大起業部(前)

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 「サッカー部がサッカーをするがごとく、起業部は学生起業します」――九大起業部は2017年6月に創設された九州大学公認の部活動。専任教員で九州大学准教授・熊野正樹氏が顧問として指導にあたり、国内外の一流起業家やベンチャーキャピタリストとのネットワークを武器に、起業に向けた実践的な活動を行い、九大発・学生ベンチャーの創出、学生起業家の輩出を目的としている。

 創設時から各種メディアに頻繁に取り上げられ、新聞・雑誌への掲載回数は実に50回を超えるというが、華々しい活動実績が注目される一方、九大起業部そのもののあり方について疑問を投げかける声も聞かれた。

本当に起業したい学生の集まりなのか

 九大出身で、2012年から福岡市を拠点にウェブサイトの制作、運営およびコンサルティングなどを行う個人事業主として独立開業。2015年からは(株)エコーズを設立し、同社代表取締役を務める牛嶋将太郎氏は次のように語る。

 「九大起業部の活動を知ったのは、SNSで友人からシェアされたネットニュースを見たことがきっかけでした。私自身が九大の卒業生ということもあり、九大出身で起業した知り合いもいますので、興味をもって記事の内容を読んだのですが、起業した各企業のHPなどを見ると出来栄えは決してよいとはいえず、はたしてこれを起業と呼べるのか、残念な気持ちになりました」

 牛嶋氏が問題点の1つとして挙げたのは、11社すべてがネット上の情報をツギハギしただけの低品質な「キュレーションサイト」であること。それぞれが話題にしている内容に違いこそあれ、事業内容がキュレーションサイトの運営であることに変わりはない。さらには、各サイトの仕様がみな同様であることにも違和感を覚えたという。

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 なぜキュレーションサイトが問題なのか――牛嶋氏は、「過去、DeNAが“WELQ(ウェルク)”というキュレーションサイトを展開していた際、サイト運営の仕方にさまざまな問題が生じたことがあるからです。具体的には、命に関わることもある健康系の記事で不確かな情報を掲載したり、写真の盗用が日常的に起こっていました。

 私もほかのキュレーションサイトから自社サイトで掲載していた写真を勝手に盗用されたりなどの被害に遭いました」と話し、その問題点を鋭く指摘している。たとえば知り合いの伝手などを頼り、直接取材して知り得た情報だったり、ネット上に散在する情報を独自の視点や構成でわかりやすくまとめた情報であれば見る価値はあるという。

 しかし11社のサイトを見る限り、ネットで集めてきた情報をツギハギしただけの中身のない内容であることから、そもそもキュレーションサイトの運営自体に学生が興味をもち、自分で起業したいという想いで取り組んでいるのかという疑問が生じたとのことだ。

 牛嶋氏は、「私や私の周りの起業家と呼ばれる人たちからすれば、厳しい見方になりますが、このサイトは『起業』とも呼べなければ『事業』と呼べるものでもありません。起業をするにあたっては、売上をどうやって立てるか、事業を何に絞るのか(選択と集中)、事業を継続するにあたってキャッシュフローをどうするのかなど、いろいろ考えなければならないのですが、このサイトを運営している学生たちは、ただ記事を書いているだけの、いわばキュレーションサイトの専属ライター。記事を書くだけで、そこまで考えたり、良い経験ができている人はいないように見受けられます」と苦言を呈する。

 今回起業した11社には、起業支援としてポート(株)が1社あたり50万円を負担している。起業の手続きで最低20万円強はかかるとのことだが、差し引いた残り20数万円でどうやって事業を継続していくのかも注目されるところだ。

 これについて牛嶋氏は、「今のサイトの状況を見るとページビューはまだまだ見込めませんし、広告もほとんど貼れておらずその段階でもないので、おそらく今の収入はゼロに近いでしょう。ドメインやサーバー代、法人税の支払もある一方、事業を継続したとしても満足な収益が得られる可能性は極めて低く、このままのクオリティで運営を続けたとしても軌道に乗るのが難しいのは容易に想像できます。すでに更新が滞っているサイトもあり、今のやり方を続けていては事業の存続は難しいでしょう。低品質なキュレーションサイト記事に費やす学生の時間と労力を考慮すると、極端な話、学業だったりほかにやりたいことを見つけてそこに注力するか、興味のあるアルバイトにでも打ち込んだほうが良いのではと思ってしまうほどです」と述べた。

これが学生たちのやりたいことなのか

 関東の大学を卒業後、民間企業での勤務を経て起業。現在は福岡市を拠点に学生向けコワーキングスペースの企画、運営事業などを行うO氏は11社のサイトを見て、「そもそもキュレーションサイトの運営自体が旧来のもの。その時点でダメだろうと思っていましたが、あまりのレベルの低さに驚きました。指導する側がどう教えたらこれをつくるのか、そしてこれが学生たちのやりたかったことなのか、という疑問が湧いてきたのが、率直な感想です」と述べた。

 O氏は11社について、「わざわざ事業化しなくてもできる、いうなれば『副業』レベル。これを起業と呼ぶのは相応しくない」と断言。そのうえで、「学生が顧問のいうことをそのまま鵜呑みにしているか、やらされているとすれば、指導方針の是非が問われますが、顧問も学生もこれを『起業』と捉えていたなら大問題だと思います」と述べた。

 O氏は九大起業部に関する一連のメディアの報道姿勢についても懐疑的な見方を示す。「起業することについて東京では当たり前の出来事が九州だと簡単に取り上げられ、起業そのもののレベルが対して高くないのに周りの大人はまるで神輿を担ぐかのように学生たちを持ち上げている―このことに違和感を覚えました。今回の11社立ち上げも、おおよそ九大起業部の宣伝と実績づくりが目的なのでしょう。九大側としては、起業部をブランディングして、起業したい学生を集めて、そこから10年先を見越していると思います。しかし今のレベルでは到底、起業レベルにはおよんでいないのは明らか。今後は一歩踏み込んだ指導ができなければ、1年に平均5社、10年で50社の学生ベンチャー創出。うち5社の上場企業創出は夢物語で終わってしまうでしょう」と強い口調で話した。

起業とは自ら考え行動して起こすもの

 福岡大学で約20年間にわたり「ベンチャー起業論」の講義を担当している経済学部教授・阿比留正弘氏は、「起業そのものを知るためには既存のビジネスモデルを研究し、問題点を見つけ改善点を見出していくことが必要」と説く。

 久留米市で経営コンサルタントとして活動し、福岡大学などで実践的な講義も行っている久重社中の代表・村田拡慈氏は、「起業とはそもそも、1人ひとりが自分の考えでそれぞれの事業を確立していることが前提。やらされ感のともなうそれは『起業』とは呼べない」と話している。両名はともに、「優秀な学生は場所や環境問わず、在学中から起業に向けた取り組みを行っている」とし、起業に向いている人の特性として、「失敗を恐れない」「正直で信頼されている」「他人を巻き込む力に優れている」ことを挙げた。

 起業を志す優秀な学生は常々起業への想いを語るだけでない。絶対にやりきるんだという強い信念と明確な目標(ゴール)をもっており、それを力強く語り続け、人をその気にさせる能力にも長けているといえる。強い信念は時として正気とは思えないよう行動・言動として捉えられよう。傍目から見れば「変わり者」として映り、馴れ合いすら拒まれるところだが、起業本来の意味合いでもある「イノベーション」を起こした人物は、大概が「変わり者」であったのではないだろうか。

 激変淘汰の時代を勝ち残っていくためには、単なる馴れ合いや枠にとらわれて迎合するのではなく、既存のルールに疑問をもち、時として周りを驚かすぐらいの勢いで、大胆不敵に枠を飛び越えた発想や行動が求められよう。

 取材を通して九大起業部のさまざまな問題点が浮き彫りになったが、熊野氏や九大起業部の面々はこうした意見をどう受け止めるのだろうか。今回、熊野氏を通じて九大起業部に取材を申し込んだが、熊野氏の多忙が理由でこちらが提示した日時に合わせることができず、残念ながら取材を行うことはできなかった。

(つづく)
【長谷川 大輔】

(後)

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