2024年11月20日( 水 )

間違いだらけの大学英語入試~経済政策にひた走る文科省!(後)

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国際教育総合文化研究所所長 寺島 隆吉 氏

安倍政権が進める新自由主義に依拠した「コンセッション」という方式

 私はこの背景には安倍政権が「アベノミクス」と称して進める民営化、とりわけ「コンセッション方式」(「公設民営」)があると考えています。具体的には、「施設」は公営のままで「運営」は民営でやるということです。「民間活力の活用」といえば、聴こえはいいのですが、当然良いことばかりではありません。

南アフリカで1,000万人、イギリスで数百万人が水道を止められた

 それを日本で最も先行しているのが水道事業です。2018年には水道事業を民営化する「改正水道法」が衆院本会議で可決・成立しました。浜松市など一部の自治体で水道事業の民営化がすでに行われています。最初に手がけることは水道料金の値上げです。そして、水道管の手入れが日常的に手入れされていなければ腐食して水質が悪くなりますが、そのような維持管理の仕事は費用がかかるので、手抜きをします。

 次にアメリカの実例を見てみます。ミシガン州のフリントでは、2014年に水道水の鉛汚染が起こり、この住民は水が飲めなくなっただけでなく、多くの病人がでました。地震などで水道管が破裂しても「その修理は私の仕事ではありません」ということでなかなか手をつけません。そして、儲けが出なくなれば、即撤退します。

 民営化後の水道料金は、ボリビアが2年で35%、南アフリカが4年で140%、オーストラリアが4年で200%、フランスは24年で265%、イギリスは25年で300%の上昇をしています。また、高騰した水道料金が払えずに南アフリカでは1,000万人、イギリスでは数百万人が水道を止められ、フィリピンでは水企業群によって水道代が払えない人に水を分けることも禁じられました。(堤末果著『日本が売られる』幻冬舎)

 教育についても同じです。教育の民営化が最も進んでいるアメリカではチャータースクールと称する「公設民営」の学校が拡大を続けています。これは従来の公立学校を解体して、建物はそのままで運営を民間に任せるものです。典型的な「コンセッション方式」の民営化といえます。その結果、教員は100%非正規教師となり、労働組合も解体されました。アメリカの教育は荒廃する一方です。

今回の大学英語入試への民間試験導入はまったくこれと同じライン上にあります。なぜなら、2013年4月に麻生太郎副総理(当時)がワシントンで講演した時、水道だけでなく「学校の公設民営化」についても発言しているからです(堤末果著、前掲書)。いま教育の民営化で最も狙われているのが「大学英語入試」と「小学校英語」です。

 美紀子 愛知県豊橋市中心部の八町小学校で、「イマージョン教育コース」が来年度から全学年に導入されることになりました。国語と道徳以外の授業を英語で行う、公立学校で全国初のコースです。各学年20人程度の選択コースとはいえ、全校生徒数188人の学校ですから、いわゆるセミリンガル(英語と日本語のどちらも中途半端で貧弱な言語能力しかない人間)になってしまうことが懸念されます。語学学習は早くからやればよいというものではないのです。「ザルみず効果」になりかねません。ザルにどれだけ水を入れても溜まりません。

4技能は均等に発展することはなく、らせん状に上達していくもの

 ――なるほど目が点になりますね。ところで、先生は、日本人が4技能を万遍なく学ぶ必要がある、4技能を大学英語入試で測る必要があるとお考えですか。

 寺島 4技能は均等に発展することはなく、らせん状に上達していくものです。読む力がつき「直読直解」ができるようになって初めて「直聴直解」ができるようになります。また相手の言っていることが聞こえなければ会話は進行しません。他方、書く力さえあれば話すことができます。日本語でも、「話せるけど書けないひと」はいますが、「書けるひとで話せないひと」は普通いません。しかも今後は、日常会話レベルの「話す力」はポケトークなどの翻訳機で間に合う時代がくるのです。従って4技能を同時かつ均等に伸ばす必要はありませんし、大学入試で4技能のすべてを測る必要もありません。

 最後に、文科省が「英語を話せない日本人」を殺し文句にして、コミュニケーション中心の授業を推進すればするほど、若者の英語力が低下している現実があります。文科省の調査ではっきり出ており、私はこのことを「ザルみず効果」と呼んでいます。現在の若者は、以前に比べて、もっと英語が読めなくなり、従って書けないし、聞けないし、話せないのです。さらに、英会話に多大なエネルギーを割いているので、日本語を鍛える時間が奪われ、日本語力も以前と比べて大きく落ちました。

 これは、高校・大学など教育関係者だけでなく、若者・受験生の一生に関わる大問題です。6月の国会請願署名に続き、最近では都内の高校生らが11月6日に、大学英語入試への民間試験導入の中止を求める約4万2,000人分の署名を文部科学省に提出しました。今後は世論が大きく盛り上がって、正しい方向に収束していくことを心から望んでいます。

(了)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
寺島隆吉(てらしま・たかよし)

 国際教育総合文化研究所所長。元岐阜大学教育学部教授。1944年生まれ。東京大学教養学部教養学科を卒業。石川県公立高校の英語教諭を経て岐阜大学教養部および教育学部に奉職。岐阜大学在職中にコロンビア大学、カリフォルニア大学バークリー校などの客員研究員。すべての英語学習者をアクティブにする驚異の「寺島メソッド」考案者。英語学、英語教授法などに関する専門書は数十冊におよぶ。また美紀子氏との共訳『アメリカンドリームの終わり――富と権力を集中させる10の原理』『衝突を超えて――9.11後の世界秩序』(日本図書館協会選定図書2003年度)を初めとして多数の翻訳書がある。


寺島美紀子(てらしま・みきこ)
 岐阜・朝日大学名誉教授。津田塾大学学芸学部国際関係論学科卒業。東京大学客員研究員、イーロンカレッジ客員研究員(アメリカ、ノースカロライナ州)を歴任。著書として『ロックで読むアメリカ‐翻訳ロック歌詞はこのままでよいか?』(近代文芸社)『Story Of Songの授業』、『英語学力への挑戦‐走り出したら止まらない生徒たち』、『英語授業への挑戦‐見えない学力・見える学力・人間の発達』(以上、三友社出版)『英語「直読理解」への挑戦』(あすなろ社)、ほかにノーム・チョムスキーに関する共訳書など、隆吉氏との共著が多数ある。

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