2024年11月17日( 日 )

新型コロナ禍:自粛警察はファシズムか(前)

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大さんのシニアリポート第89回

サロン幸福亭ぐるり

 緊急事態宣言が解除され、「サロン幸福亭ぐるり」(以下、「ぐるり」)も6月1日から再々オープンさせた。待ち望んでいた常連客が列をなした、といいたいのだが、恐るべき「3密」のため、ドアを開け、風どうしを最も良い状態にし、椅子も意図的に減らして10席のみとした。手洗い、マスク使用、飲みものは各自持参。徹底した防御で万全の態勢。これだけ窮屈な状況でも、人気のカラオケの日になると椅子は満席になる。当然利用者のローテーションを決めた。不思議なことに、「感染者が出たら誰が責任をとるのか」といっていた常連の1人も、何食わぬ顔でマイクを握る。しかし、世間はまだ「自粛警察」の目が光る。

 興味深い記事を見つけた。「朝日新聞」(6月9日付)で、田野大輔教授(甲南大学文学部)が、新型コロナウイルス感染拡大予防のため、政府の自粛要請を無視する人たちに対し、糾弾する「自粛警察」のことを、「まるでファシズムだ」と表した。「政府という大きな権威に従うことで、自らも小さな権力者となり、存分に力をふるうことで魅力を感じていたのです。『権威への服従』がもたらす暴力の過激化」だと教授は指摘する。
 「権威の後ろ盾のもと異端者に正義の鉄槌を下すことで、普段なら抑えている攻撃衝動を発散していたわけです」。いるいる。普段なら面と向かって自分の意見を発言しない(できない)ひとが、「正義」を振りかざし、ここぞとばかり相手を責め立てる人たち。

マイクを消毒中

 前出の常連の「この非常時に、カラオケとは何ごとですか」「もし感染者が出たら誰が責任を…」と述べる人たちのことである。「自分はそういえる立場の人間である」という「仮想的有能感」(いかなる経験も知識も持ち合わせていないにもかかわらず、自分は相手より優秀であると一方的に思いこんでしまう錯覚のこと)、心理学者速水敏彦氏の造語。『他人を見下す若者たち』講談社現代新書)を持つ人が少なくない。

 このコーナーで何度も紹介してきた、植松聖被告(2016年7月、神奈川県相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人を殺害)や、今井隼人被告(2015~16年、神奈川県川崎市の老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」の元職員で、入所者3人を転落死させた)、1983年2月、横浜市内で起きた「横浜浮浪者襲撃殺人事件」の犯人が動機として挙げた「汚い浮浪者を始末してやった。清掃してやったのに、なんで文句をいわれるのかわからない」という身勝手な主張。彼らに共通するのは、差別意識と過剰な正義感である。

 検察庁法改正に対して発言する女性に、「黙っていろ、ブス」「もっと勉強してから発言しろ」と暴言を吐く男性たち。このような「マンスプレイニング」(男性が上から目線で発言する)という行為も多発している。『ぼそぼそ声のフェミニズム』(作品社)という著書がある栗田隆子さんは、「ここ数年、女性の性的な部分を過度に強調した広告などで論争が起きるたびに、異議を唱える女性たちへの容姿や年齢をネタにした露骨な中傷が激化した」(「朝日新聞」5月23日)と話す。

 その原因について、田中東子教授(大妻女子大学、メディア文化論)は、「とくに日本には『女性は従順であるべきだ』という考え方が根強くある。『発言内容の是非以上に、意見をいう女性自体が不遜に見えて気にくわないのでしょう』」との分析を示す。

 確かに、「女のくせに」「女なんだから家に引っ込んでいればいいんだ」という類いの発言をする人が多い。とくに新型コロナウイルスでその傾向が顕著になった。1人がSNS上で発言すると、彼らは時を得たかのように同調する。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。

(第88回・後)
(第89回・後)

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