新型コロナ後の世界~「将棋」を通して俯瞰する!(5)
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棋士九段・日本将棋連盟常任理事 森下 卓 氏
「新型コロナウイルス」後の世界は一変し、先が見えない時代が到来するといわれる。しかし、先が見通せないからと言って、不安になってばかりいては、私たちは前に一歩も進むことができない。今後の羅針盤となる、何か良い知恵はないものだろうか。
森下卓・棋士九段・日本将棋連盟常任理事に話を聞いた。陪席は山川悟・東京富士大学教授(経営学部長)である。山川氏はマーケティング論が専門だが、一方で詰将棋作家としての顔をもつ。東京富士大学は正規科目として「将棋」を開講している。「大局観」とは、極限まで磨き抜かれた「直感」
――将棋の世界では「大局観」(「先を見通す力」「俯瞰する力」)という言葉をよく聞きます。私たちが新型コロナ後の「不透明な時代」を生き抜くにあたって大切な言葉のような気がしています。
森下 将棋を指すにあたって、「読み」の能力、すなわち「何手まで先を読めるか」はとても重要です。たとえば、10手先まで読めば、3の10乗で約6万通りになります。では、たくさん読めれば、それだけ強いかというとそうではありません。そのなかで、どの局面がいいのかを判断しなければなりません。この局面を評価する力を「大局観」と呼んでいます。大局観が優れていれば、それほど多くの局面を読む必要がなくなります。とくに将棋の序盤では「大局観」をもっているかどうかが勝敗を大きく左右します。言い換えると、「読み」が戦術、「大局観」が戦略ということになるのかも知れません。
「大局観」は、極限まで磨き抜かれた「直感」ともいえます。すなわち、常に緊張感をもって、鍛錬に鍛錬を重ね、「負けたら後がない」真剣勝負をしていないと磨かれません。アマチュアで縁台将棋をいくらやっても、それだけでは強くなれない原因がここにあるのかも知れません。この真剣勝負をしていく過程でもっとも大事にしなければいけないのは、将棋でいえば「定跡」、一般的には「基本ロジック」ということになります。大局観があると、局面を「ぱっと見た瞬間に、ここは飛車を動かすしかない」ということが頭に浮かんできます。その直感はまず狂いません。しかし、その理由を他人に説明することは難しいのです。
「生命と経済」という一見相対立するものの、両立を考える
――最後に読者へのメッセージをお願いします。
山川 今回の新型コロナが人類に投げた命題は「生命を守ること」と「経済の立て直し」という相対立すると思えるものの、両立です。これらが両立できないと、生きてもいけないし、楽しいことも、面白いことも生まれません。将棋の世界でも、デジタルな読みの能力と、戦略方針を言語化する能力を1人の人間が兼ね備えていなければいけません。詰将棋では論理性と芸術性という両方の要素を備えたものが評価されます。今後は学問の世界でも、理系、文系などお互いの専門領域の共通部分を探る動きが加速していくものと思えます。
今後、AIと人類との関係と同様、新型コロナ(新しい感染症)と人類とは、そのつきあい方のコンセプトがとても重要になっていくものと考えています。今再び、本来的なものを大事にするチャンスが到来した
森下 新型コロナ後の不透明の時代を生き抜いていく知恵として「大局観」はとても大事であると改めて認識しています。昨今は、価値観の転換など、世の中の変化が急で激しく、驚くばかりです。しかし、一方で、再び本来あるべき姿を見直し、大事にするチャンスが到来したともいえます。それは、職業に関しても、個人の生活に関しても、共通しています。たとえば、電話は空間を超えた会話をするためのものであり、食事は自分の身体を健康に保つためのものであり、靴は足を怪我しないで歩くためのものであり、傘は雨に濡れないためのものであります。この本来の機能以外は、あってはいけないとは言いませんが、なくてもよいものです。
将棋でいえば「定跡」(ある局面において双方にとって最善とされる一定の指し方)になりますが、このような物事の根本を見失うことさえなければ、どんな「不透明な時代」であっても、進んでいく方向を間違うことはないと考えています。
(了)
【金木 亮憲】
<プロフィール>
森下 卓(もりした・たく)
1966年北九州市生まれ。将棋棋士(九段)・日本将棋連盟常任理事。花村元司九段門下。タイトル戦登場6回、棋戦優勝8回、竜王戦1組16期、順位戦A級10期。居飛車党の正統派で受けの棋風。森下システムを考案し、升田幸三賞特別賞を受賞。棋界の超大御所、大山康晴十五世名人に対し無類の強さを発揮し、通算成績は6勝0敗(大山が生涯一度も勝てなかった唯一の棋士)。優勝は、全日本プロトーナメント1回(第9回-1990年度)、日本シリーズ2回(第28回-2007年度・第29回-2008年度)など多数。将棋大賞として、2000年に将棋栄誉賞(通算六百勝達成)、2010年に将棋栄誉敢闘賞(通算八百勝達成)を受賞。
著書に『将棋基本戦法 居飛車編』(日本将棋連盟)、『8五飛を指してみる本』(河出書房新社)、『森下の対振り飛車熱戦譜』(毎日コミュニケーションズ)、『なんでも中飛車』(創元社)など多数。
山川 悟(やまかわ・さとる)
1960年東京都生まれ。法政大学法学部卒。東京富士大学教授(経営学部長・学務部長・経営学研究所所長)。広告会社のマーケティング部門において、広告・販売促進計画、ブランド開発、商品開発などに携わり、2008年より現職。専門は、マーケティング論、創造性開発(企画力育成、事業モデル開発支援など)、コンテンツビジネス論。武蔵野美術大学講師。
著書に『応援される会社』(光文社)、『コンテンツがブランドをつくる』(同文館)、『不況になると口紅が売れる』(毎日コミュニケーションズ)、『創発するマーケティング』(日経BP企画)、『事例でわかる物語マーケティング』(JMAM)、『企画のつくり方入門』(かんき出版)などがある。
詰将棋作家としての作品にスマートフォンアプリ「山川悟の詰将棋1~3」(空気ラボ)。関連記事
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