ポストコロナ時代の新世界秩序と東アジアの安全保障(4)
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鹿児島大学 名誉教授 木村 朗 氏
「新型コロナウイルス危機」が起こってから、感染拡大防止のために都市封鎖や外出自粛が行われる一方で、経済活動が長期停滞するのを恐れて都市封鎖の解除や外出自粛の緩和が行われるなど、まさに混沌としている。しかし、コロナ危機の前後で私たちの社会と生活の前提が根本的に大きく変化したことや、急速なデジタル社会化が象徴しているようにこの変化が不可逆なものとなる可能性が高いことは明らかだ。
こうしたコロナ危機後の世界の有り様を踏まえて、ポストコロナ時代における新しい世界秩序を「東アジアの安全保障」という視点から考えてみたい。(3)台湾、香港をめぐる緊張と対立
南シナ海での米中対立と連動するかのように、台湾や香港をめぐる米中両国の政治・軍事面での駆け引きもエスカレートしている。昨年11月24日の香港区議会議員選挙での民主派の大勝と、今年1月11日の台湾の蔡英文総統の史上最高得票での再選は明らかに連動した動きだった。「北京か、ワシントンか、を選択する選挙」と言われた台湾総統選挙で「昨日の香港は、明日の台湾」という言葉が注目を集めたように、香港情勢の悪化は台湾住民の危機感をかき立て、蔡英文氏の支持を拡大させて逆転大勝利に導いたことはたしかだ。
この点で、「人々は香港政府と国民党の背後に中国(共産党)を感じ、民主派と民進党の背後にアメリカ(トランプ政権)を見ているのである。米中対立が進めば、アメリカはさらに民主派や民進党への支援を強めるかもしれない」「米中の戦略的対立構造において、アメリカが中国の嫌がるかたちで香港と台湾を支援することは、すなわち米中対立において自らの陣地を強化しているのと同じであり、香港と台湾で起きている変動は、まさに米中戦略対立の一部分になっているとみなせるのである」という指摘も注目される(「台湾海峡と香港をめぐる『米中関係』と日本外交」『東洋経済ONLINE』2020年2月12日付)。
米国では「逃亡犯条例」に端を発した反対運動の拡大に対する香港政府当局の力による鎮静化に対抗するかたちで、19年6月に共和・民主両党の議員が超党派で「香港人権・民主主義法案」を提出し、11月19、20日の上下院で圧倒的な賛成多数で可決された。同法案は、香港の自治を保証する「一国二制度」が守られているかについて、米国務省に毎年の検証を義務付け、香港での人権侵害に関与した政府関係者らに制裁を科す内容で、トランプ大統領は11月27日に著名し、同法は成立した。
一方で、中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)常務委員会は20年6月30日、全会一致で「香港国家安全維持法案」を可決した。同法は、反政府的行動の取り締まりに向けて、「国家分裂」「政権転覆」「テロ活動」「外国勢力との結託」の4つの活動を犯罪行為と定め、最も罪が重い場合は終身刑を科すもので、世界的な金融都市である香港の自由が抑圧されるとの懸念が米国やイギリスなどの欧米諸国から持ち上がっていた。
米国政府はこの法案の成立に先立つ5月29日、中国の国家安全法によって香港の高度な自治が脅かされることへの制裁の一環として、香港に対する優遇措置の撤廃を発表していた。今回、中国が「香港国家安全維持法」を成立させたことを受け、トランプ大統領は7月14日、香港に対する優遇措置を廃止する大統領令に署名し、中国への強硬姿勢を強めている。
また、台湾問題をめぐっても、米中両国間の緊張が高まっている。5月20日に政権2期目をスタートさせた蔡総統は、米台関係の強化が引き続き台湾外交の基軸であることを表明した。これに対して、米国は祝意を評すとともに、総額1.8億ドルの台湾への武器売却を決定した。
一方で、中国は5月22日、李克強首相が全人代の冒頭で「中国政府は台湾の市民に対し、中国とともに台湾の独立に反対し、中国との『統一』を推進するよう奨励する」と語った。この李首相演説について、台湾で対中政策を担当する大陸委員会は「台湾を矮小化し、台湾海峡の現状を破壊する『一国二制度』を台湾の人々は断固として拒否する。これが台湾の原則と許容限度だ」と反発する姿勢を示した。
また、蔡総統再選後、台湾海峡での米中の軍事的な緊張は高まっている。4月10日から11日にかけて、ミサイル駆逐艦「バリー」が台湾海峡の中間線よりも中国側を航行した。さらに台湾国防部は6月9日、沖縄の嘉手納基地を飛び立った米軍C-40A輸送機「クリッパー」が、台湾北部と西部の台湾領空を通過したと発表。これに対し中国空軍機は、台湾南西部の台湾防空識別圏(ADIZ)内を飛行する「報復」で応じた。
大統領選を11月に控えたトランプ政権は、ファーウェイなど中国ハイテク企業の排除、南シナ海で中国の人工島領海に米艦を接近させる「自由航行作戦」、同盟国との合同軍事演習など、さまざまな領域で対中挑発を行っている。
懸念されるのは、こうした従来の対中強硬策の継続に加え、「米台の防衛協力の質的格上げや、ポンペオ長官が駐米台湾代表と会談すれば、中国側は、台湾は中国の一部とみなす『1つの中国』原則に反し、超えてはならない『レッドライン』に踏み込んだとみなす可能性がある」からだ。
また、対中関係で注目されるのは、「新冷戦派」の代表とみられるポンペオ国務長官の言動だ。同氏は7月13日、南シナ海における中国の海洋権益主張を公式に否定した。さらに7月23日にはカリフォルニア州のニクソン図書館で「共産中国と自由世界の将来」と題する演説を行い、中国の習近平国家主席を「破綻した全体主義の信奉者」と名指しで非難し、中国共産党体制の転換を呼びかけている(岡田充「米国の対中強硬政策はどこまで“本気”なのか。中国の体制転換求めたポンペオ演説を読み解く」『BUSINESS INSIDER』20年7月29日付)。
中国に対して「体制転換」を要求し、そのための中国包囲網の形成を世界に呼び掛けたこのポンペオ演説は、1972年2月のニクソン訪中以来、米国歴代政権が継承してきた「中国関与政策」の終結を宣言したのと同じ意味だ。まさに「新冷戦開始の合図」であり、11月の大統領選でのトランプ氏が再選か否かという結果にかかわらず、今後の米国の長期的な対中基本方針となる可能性があるため、注視していく必要があるだろう。
(つづく)
<プロフィール>
木村 朗氏(きむら・あきら)
1954年生まれ。鹿児島大学名誉教授。日本平和学会理事、東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会共同代表、国際アジア共同体学会理事長、東アジア共同体研究所(琉球・沖縄センター)特別研究員、前九州平和教育研究協議会会長、川内原発差し止め訴訟原告団副団長。著書として、『危機の時代の平和学』(法律文化社)、共編著として、『沖縄自立と東アジア共同体』(花伝社)、『沖縄謀叛』(かもがわ出版)、『「昭和・平成」戦後日本の謀略史』(詩想社)、『誰がこの国を動かしているのか』、『株式会社化する日本』(詩想社新書)など著書多数。関連記事
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