「新型コロナ」後の世界~健康・経済危機から国際政治の危機へ!(5)
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東京大学大学院法学政治学研究科 教授 小原 雅博 氏
新型コロナウイルスはイデオロギーもルールも関係なく、国境や民族を越えて人類を襲った。そして今、コロナ危機は健康、経済から国際政治や外交、安全保障の領域にまで拡大している。
東京大学大学院教授の小原雅博氏は近著『コロナの衝撃―感染爆発で世界はどうなる?』(ディスカヴァー携書)で「危機はこれまでは、国家や民族意識を高めてきたが、今の私たちは監視社会でない自由で開かれた社会を築くと同時に、感染症に屈しない強靭な社会を築かなくてはいけない」と述べている。小原氏に新型コロナ後の世界について語ってもらった。米国の価値観が支配する「国際社会」への中国取り込みに失敗
小原 米国は中国と国交を正常化してから40年余り、米国の対中政策の基本は関与(エンゲージメント)政策といわれており、冷戦期のソ連「封じ込め」とは対極にある「取り込み」あるいは「招き入れ」といった包容政策を行っています。
米国は、中国からの直接の軍事的脅威がなく、かつ米国の軍事的優位が確保されていることを前提にして、米国が主導する自由貿易システムへの中国の参加を認め、貿易や投資により中国の経済発展を後押しすることで、米国の価値に基づく「国際社会」に中国を取り込もうとする政策を進めていました。
そこには、「経済成長によって中産階級が増えていけば、社会主義の中国も民主的で協調的な国家となるはずだ」という期待、あるいは「経験則」とも言える考え方がありました。そうした認識から、2001年には世界貿易機関(WTO)への加盟も認められた中国は、日本や欧米諸国からの投資が殺到し、世界の工場へと変貌していきました。当然、短期間のうちに中国の経済は目覚ましい成長を遂げ、膨大な数の人々が貧困を脱して中産階級の仲間入りをして、世界の市場になりましたが、中国の政治は変化を拒みました。
下からの民主化運動に関しては、1989年の天安門事件において、中国は上から明確な拒絶を示しました。当然、中国は政治改革を封印し、米国などの西側諸国による「和平演変(平和的体制転換)」への警戒と保守化を強めましたが、日本や欧米先進国は関与政策を続けました。
その背景には、中国が経済では対外開放を推進し、世界各国との経済的相互依存関係が飛躍的に高まったことが挙げられます。中国は、世界各国と経済的に「切ろうとしても切れない関係」を築き上げていったのです。
一方で、政治では、とくに習近平政権の発足後から共産党指導の強化や習氏への権力集中が顕著になりました。そして、思想・言論の統制、反体制人士や人権弁護士の拘束、ウイグル族やチベット族などの少数民族の人権への侵害など、強権的な政治的引き締めによる懸念が国際的に高まりました。
中国国内では、監視カメラやAIなどを駆使した監視社会、管理社会を構築し、共産党統治への異論を排除しています。加えて外交においては、「やられたらやり返す」という意味の「戦狼外交」(※)や、南シナ海などで見られる力を駆使して現状変更を試みる「力の外交」を前面に出して、米国や周辺諸国との対立や摩擦を起こしています。
こうした中国の「傲慢」とも見られる政治・外交の背景には、鄧小平氏の残した「韜光養晦」(対外的に低姿勢を保ち、力を蓄える)から、習近平氏の「奮発有為」(発奮した何事かなさんとする)への国としての姿勢の変化があります。
習近平氏は「2つの100年」という大きな目標を掲げています。1つめは2021年の「共産党創立100周年」までに、暮らし向きがある程度裕福な「小康社会」の全面的な達成を目指しています。2つめは49年の「中華人民共和国建国100周年」までに、「富強・民主・文明・和諧(調和)・美麗」の「社会主義現代化強国」を実現して、中等先進国の水準に達する「中華民族の偉大な復興」という「中国の夢」の実現を目指しています。
中国の夢(国家の富強、民族の振興、人民の幸福)
「私は中華民族の偉大な復興を実現することこそが、中華民族が近代以来抱き続けてきたもっとも偉大な夢であると考えている。この夢は数世代にわたる中国人の宿願を凝縮し、中華民族と中国人民の全体の利益を反映しており、中華の子女1人ひとりが抱く共通の願いである」
(12年11月「国家博物館」における習近平総書記の講話)
今では世界に台頭する中国の国益は、同国の経済成長にとって不可欠なシーレーンや海洋権益の防衛、海外に進出する企業や自国民の保護など、国境を越えて広がっています。「強国強軍」路線や「海洋強国」論は中国のナショナリズムを掻き立て、台湾海峡を始めとする東アジア地域のパワーバランスを揺るがしています。
中国の目覚ましい台頭と世界への影響力の拡大を前にして、米国では「中国への関与政策は間違いだった」という認識が急速に広がっています。私が『チャイナ・ジレンマ』を書いた当時は、米国も日本も、中国が責任ある大国として国際社会で建設的な役割をはたすよう働きかければ、中国も応えてくれるだろうという期待をもち、関与政策を続けていたのです。
米国は、オバマ政権の後半から中国に対する姿勢を転換していましたが、トランプ政権になってから、具体的な行政・立法措置により、一段と強硬な姿勢を取っています。
※:中国の外交部スポークスマンや各国駐在外交官による、過激で好戦的な外交スタイルを表す言葉。^
(つづく)
【金木亮憲】
<プロフィール>
小原雅博(こはら・まさひろ)
1980年東京大学文学部卒業、1980年外務省入省。1983年カリフォルニア大学バークレー校修士号取得(アジア学)、2005年立命館大学にて博士号取得(国際関係学:論文博士)。アジア大洋州局参事官や同局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事を歴任し、2015年より現職。立命館アジア太平洋大学客員教授、復旦大学(中国・上海)客員教授も務める。
著書に『日本の国益』(講談社)、『東アジア共同体―強大化する中国と日本の戦略』、『国益と外交』(以上、日本経済新聞社)、『「境界国家」論―日本は国家存亡の危機を乗り越えられるか?』(時事通信社)、『チャイナ・ジレンマ』、『コロナの衝撃―感染爆発で世界はどうなる?』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『日本走向何方』(中信出版社)、『日本的選択』(上海人民出版社)ほか多数。
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