激化する新型コロナ・ワクチンの開発競争:ワクチン外交の行方(3)
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国際政治経済学者 浜田 和幸
これでは国際的な不信感は高まるばかりであろう。状況を改善しようということで、ロシアの貿易大臣であるマントゥロフ氏も国内のテレビに登場し、「自分もこのロシア製のワクチンを接種した。初日は少し熱が出たが、3日目には正常に戻った。抗体ができたものと確信している」と安全性と効果の程をアピールしている。しかし、実験の途上であることに変わりはない。
そうした安全性のPR活動の極めつきは北京にあるロシア大使館の動きであろう。同大使館は8月20日に声明を発表した。それによれば、中国の感染症研究の第一人者で、国家衛生健康委員会専門家グループ長を務める鍾南山(チョン・ナンシャン)博士がこのロシア製のワクチンを高く評価し、「ワクチンは安全であり、治験が無事に完了することを期待する」旨を述べたという。
さらに、鍾博士は「この機会にロシアと中国の専門家がCOVID-19用のワクチンを共同で開発、製造する必要性にも言及した」とのこと。しかも、一連の鍾博士の発言は中国外務省がオンラインで開催した「COVID-19感染症予防対策会議」でなされたものである。要は、世界が期待し注目するコロナ対策用ワクチンの開発において、ロシアと中国が手を結んで取り組むというわけだ。
世界を襲う感染症という脅威に対し、ロシアと中国が「ワクチン外交」という共同戦線を張ろうという試みである。実は、中国は独自のワクチン開発に精力的に取り組んできた。武漢がCOVID-19の発生源との批判を受け、国内の感染封じ込めに国を挙げて強権的な対応を続けてきたわけだが、その効果もあり、中国での感染はピークを過ぎたといわれる状況にある。
そこで、「ピンチをチャンスに変えよう」という発想からコロナ・ワクチンの開発に資金と人材を惜しみなく投入しているようだ。その結果、WHOが注目、期待する9種のワクチンのうち、4種は中国で開発が進んでいる。中国のワクチン外交もロシアと共通点が多い。というのも、途上国を中心に無料でワクチンを提供したり、ワクチンの購入費用をローンで提供するという方式を採っているいるからだ。
対象になっているのはバングラデッシュ、ミャンマー、フィリピン、タイ、カンボジア、ベトナムなどアジア諸国に加えて、ラテンアメリカ、カリブ海諸国やアフリカにも広がっている。明らかに途上国を味方に付けようとする「ワクチン外交」に他ならない。
日本の状況はどうだろうか。菅新首相も「コロナ対策を最優先課題とする」というものの、治療や予防に関しては外国任せといった感がぬぐえない。たとえば、厚労省では英国のアストラゼネカ社とオックスフォード大学が共同開発するワクチンを1.2億回分、アメリカのファイザー社のワクチンも1.2億回分を完成の暁には輸入する契約を結んでいると説明。しかし、期待のアストラゼネカのワクチンは英国で治験者に重大な副作用が発生し、一時的に実験が中断するような事態も起きている。その後、治験は再開されたが、「年内には完成させる」というものの、実際の所、いつ完成するのか定かではない。
厚労省から900億円の助成を受けている日本の製薬メーカーとしてはアンジェスが臨床実験で他社より先行しているが、特定の製薬メーカーの利権にこだわることなく、一刻も早い治療薬とワクチンの開発、製造という共通の目標に向け、内外の研究者と医療機関、製薬会社が共同作業に向けてのビジョンを打ち出すべきではなかろうか。さもなければ、人類共倒れという最悪の事態に陥ることになりかねない。
今この瞬間も新型コロナウィルスは変異を遂げつつあり、我々に対する“見えない牙”を向けているからだ。幸い、WHOではCOVAXと銘打ち、COVID-19との戦いに勝つため、国際的なワクチン開発の仕掛けを創設する動きを加速させている。日本もドイツ、ノルウェーなど78カ国とともに参加を表明し、20億ドルの基金の創設を計画しているが、トランプ大統領は「WHOは中国に汚染されている」と主張し、COVAXへの協力は拒否したままだ。これではワクチン開発に先行する中国やロシアが主導するかたちになりかねない。
とはいうものの、「スプートニクV」に限っていえば、すでに触れたように、あまりにも少ない治験データであり、その効果の程は「神のみぞ知る」といったところかもしれない。第一、プーチン大統領が「自分の娘には投与した」と自慢するものの、「自らは投与を受けていない」というのでは、やはり説得力に欠けると言わざるを得ないだろう。実際、ロシアで行われた世論調査では大半のロシア人が「受けたくない」と否定的な反応を示している。
(つづく)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。関連キーワード
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