音楽に見る日本人の正体(2)「2つの『君が代』」(前)
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大さんのシニアリポート第92回
「『君が代』が2つもあるとは考えもしなかった」という声も多く聞かれた。教科書などを通して「歴史の事実」を刷り込まれてしまった多くの人たちにとって、『君が代』といえば、卒業式や大相撲千秋楽などで流される「あの『君が代』」を連想する。しかし、事実として2つ(実際には5つ存在する)存在したのだ。そのことにより明治新政府は大いに困惑する。その事実を紹介することで、日本人のDNAを垣間見ることにしたい。
明治2(1869)年のことである。英国王子エジンバラ公が訪日し、明治天皇に謁見した。これに先立ち、横浜に駐在していた英国陸軍第10連隊軍楽隊から、「謁見時、英国国家『ゴッド・セイブ・ザ・クィーン』を吹奏するので、日本国歌の楽譜を用意してほしい」という要請を受け、新生日本政府は狼狽した。公的な儀式に「国歌吹奏」が必須であることを知らなかったのだ。当時の日本は、「国(クニ)=藩」でしかなく、新政府を樹立したとはいえ、まだできて2年目の新政府には、統一された「国」という意識に欠けていた。慌てた政府は、接判使(儀典官)原田宗助と通訳(通訳官)の乙骨太郎乙に解決策を命じた。ふたりは来日中の元英国軍楽隊長ジョン・ウイリアム・フェントンに相談する。フェントンから「国歌の存在しない独立国はない」と進言され、フェントンに国歌制作を依頼した。
薩摩藩の出身の原田宗助は、薩摩琵琶に『蓬莱山』という名曲があり、その歌詞のなかに和歌「君が代」があることに気づいていた。事務官の了承を得てフェントンに提示した。とにかく時間がなかった。原田が吟ずる『蓬莱山』のなかの「君が代」の部分だけを聴いたとしても、フェントンに和歌の素養があったとは考えられず、おそらくチンプンカンプンであっただろう。「歌詞の意味を音符に込める」(韻を踏む)という日本的な発想からは、もっとも遠いところにいた人物だった。薩摩琵琶風の節回しのゆったりとした流れに影響されたフェントンは、教会音楽のコラールを連想したと思われる。フェントンの作曲した『君が代』はポリフォニー(複数の独立したパートからなる音楽のこと)的な2分音符で作曲されている。和歌を理解できなかったフェントンは、西洋音楽的な旋律とハーモニーのなかに、無理やり「みそひともじ」を取り込むしかなかった。というより、フェントンにとってはそれが当然の作業であった。
出来上がった新曲『君が代』を聴いた原田ら接判使たちは驚いた。まず、始めて接する西洋音楽のハーモニーに違和感をもった。次にそのメロディーに『君が代』の歌詞をはめ込んでみてさらに困惑した。なにしろ『君が代』の歌詞が途中で途切れる。「弁慶がな、ぎなたをもって…」式に韻律(プロソディ)が滅茶苦茶なのだ。伝統的に歌詞が先にあって、メロディーはそれに沿うかたちで進行するのが邦楽の伝統的な創作方法である。しかし原田たちは他国の国歌を聴いたことがない。「国歌とはこんなものか」というあきらめの気持ちを抱くしかなかった。なにしろフェントンは招聘外国人という偉い音楽家であり、簡単にクレームを付けられる相手ではない。
日本は“欧米化”を目指して突き進んでいたところで、当然“欧米”は圧倒的に優位に立っている。依頼したフェントンは“西洋そのもの”なのであり、フェントンに楯突くことなど論外。黙って押しいただく以外に方法はない。日本が外国との比較でしか論理を展開できなくなったのはこのときが初めてではない。
思想家の内田樹は著書『日本辺境論』で、次のように述べている。
「日本という国は建国の理念があって国がつくられているのではありません。まずよその国がある。よその国との関係で自国の相対的な地位がさだまる。よその国が示す国家ヴィジョンを参照して、自分のヴィジョンを考える。(中略)日本人は後発者の立場から効率よく先行の成功例を模倣するときには卓越した能力を発揮するけれども、先行者の立場から他国を領導することが問題になると思考停止に陥る」(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。関連キーワード
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