2024年11月24日( 日 )

孤独と向き合い、撃退するための文化芸術

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(株)わらび座 代表取締役社長 山川 龍巳 氏

人間にとって「孤独」は最大の敵

 「良い意味での宗教と文化芸術でしか、もう人間は救えないのかもしれない」とおっしゃるドクターに出会ったのが30歳のころでした。「人間にとって最大の病は何ですか?」と質問したところ、てっきりガンや心臓病などとおっしゃるのかと思いきや、「人間にとって根治困難な最大の病は孤独です」「人間関係の軋轢、摩擦などから来る孤独です」「多くの場合、孤独が病気の根源で、生きる力を弱らせるのです」と語り、さらに「手術や薬だけでは治せない部分なのです。文化芸術は内面に働きかけ、生きる力を引き出すのにとても重要です」と語っていただきました。

山川 龍巳 氏

 人間にとって「孤独」は最大の敵なのかもしれません。振り返ってみれば、私の人生においてもたしかに孤独との折り合いをどうつけるかということが、相当に重要なことだったと思えます。文化芸術の仕事を人生の中心に据えたのも、実は孤独との向き合い方に影響されていたのかもしれません。人間は結局、100%母親に依拠して生まれてきます。生まれるときも、場所も自分で選択できません。与えられた命を持て余しながら、生んでくれとお願いもしなかった自分が「責任をもって自立して生きろ」といわれるのはどういうことなのかと、中学・高校のころに考えていたことを思い出します。

 母親に全面的に依存して生まれ、育てられていく子どもが、やがて自立していくためには母親から少しずつ離れていくことになりますが、ここから孤独との戦いが始まるという心理学者の本を読んだこともあります。人生に「孤独」はつきものなのですが、これとの折り合いをつけるために祭りや芸能が存在し、つきつめていえば文化芸術はそのためにつくり上げられたものなのかもしれません。

子どもに笑顔を取り戻した、芸術の力

 小学5年生から中学2年生の4年間にわたって引きこもり、不登校だった女の子が舞台を観にきたときの話を思い出します。小学校の担任だった先生が中学生になっていたその子を連れてきたのです。その先生は、その子のお母さんの話をしてくれました。

 舞台は、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」を四国のタヌキをモチーフに創作したもので、腹の出たタヌキの若者に人間の美しいお嬢さまが恋をするというミュージカルコメディーでした。子どもたちが笑い転げて観てくれた楽しい舞台でした。その子のお母さんは、「娘の笑い顔を数年ぶりに見ました」というと、泣きながら語り始めたそうです。数年ぶりの笑顔を見ることができた舞台観劇の後、家族3人でお茶を囲むという奇跡のような瞬間をつくれたそうです。

 娘さんから、「タヌキのロミ丸さまははどうしてジュリ絵さまを好きになったの」という質問が出たときには、日ごろ会話をしていないので汗が吹き出すほどの緊張だったそうです。でも、娘が一番聞きたかったのは「お母さんはなぜお父さんを好きになったの」ということだとハッと気づいたのです。しどろもどろになりながら語ったそうですが、目の前のお父さんが「俺のことを語っていないか?」と気付いたのだそうです。そのとき、3人がお互いの目を見て笑い合えたのだそうです。そのときの様子を話しながら、お母さんは号泣していたそうです。

 その子を観劇に引っ張り出した先生の話に、私は本当に励まされました。「学校現場では、心に傷を負っている子に命がけで関わっても、笑い顔を取り戻すことは容易ではない」「舞台芸術というのは、本当に力がありますね」とおっしゃっていただきました。この報告を聞いたとき、この仕事の深い意味をつかんだように思いました。ステップを踏みながら劇場まで戻り、役者や裏方スタッフを集めて、そのことを話しました。

 生きるのに悩み、途方にくれていた18歳のときに、私も舞台芸術に救われた1人です。孤独は避けられませんが、その大きな壁をみんなの力で押しやり、後退させていくのが私たちの仕事なのだと感じています。

文化水準の基礎は、自然のなかで育まれる感性

ミュージカル「ジパング青春記」の一場面(2020年)

 考える力よりも感じる力の大事さに触れてみたいと思います。それは考える力を否定することではないのです。考える力の土壌が感じる力なのです。1960年代に環境問題を告発した生物学者のレイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』という本があります。短くもすばらしいこの本のなかに、「知るということは感じることの半分も大切ではない」という表現があります。便利さのなかで、私たちは雲や風の流れや、四季の移り変わりなどへの感覚を麻痺させてきたのかもしれません。動物たちは皮膚感覚のなかで瞬時に危機を感じ取ります。それがなければ生きてはいけないゆえの俊敏さです。

 私は九州・長崎の出身ですが、東北の四季の美しさには度肝を抜かれました。新緑の輝き、紅葉の美しさに見られる四季の彩はもちろんのことですが、役者養成課程の研究生1年目の冬、新雪の上にめったにはない満月の夜がありました。新雪が月の光に照らされてキラキラと輝くのです。松の木や杉の木にも綿のような新雪が積もり、どこまでも明るくて、白夜なのです。どれほどロマンチックな気分に浸ったか、今でも昨日のことのように思い出します。

 わらび座は「生活必需品の文化芸術」を求めて、東京から秋田に拠点を構えた劇団ですが、地元の皆さんが「自分たちは文化水準が低いので」とよく話していました。よくよく聞いてみれば、映画は何回か観たが、歌舞伎やミュージカルなどは観たことがないということなのです。観ないよりは観たほうが良いのかもしれませんが、一番大事なことは、このたとえようのない美しい彩に包まれた美しさを、肉体の一部としてこの地域の人たちはもっているということなのだと思いました。体質化しているものは客観視しないと自覚されません。水に潜って空気は大事だと思い知ることと一緒です。一番重要な文化水準の基礎はこの自然のなかでつくられてきた感性でしょう。

 仕事の目的が「人のためになること」で、それが自分のためでもあることに結び付けば、人生は相当豊かになります。どんな仕事でもアートの創造力があれば、AIに負けることはないのです。


<COMPANY INFORMATION>
代 表:山川 龍巳
所在地:秋田県仙北市田沢湖卒田字早稲田430
設 立:1971年3月
資本金:4,900万円
TEL:0187-44-3311
URL:https://www.warabi.gr.jp


<プロフィール>
山川 龍巳
(やまかわ・たつみ)
 1952年長崎県生まれ。19歳のとき、劇団わらび座に入団。役者を経験した後、わらび劇場経営監督、たざわこ芸術村営業部長などを経て、2006年から14年まで「坊っちゃん劇場」支配人として愛媛県に赴任。16年、(株)わらび座代表取締役社長に就任。

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