黒田恭一とアナログレコード(前)
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大さんのシニアリポート第95回
黒田恭一がこの世を去ってから11年が過ぎた。クラシック音楽の評論家で、特にオペラには造形深く、独特の表現力で多くのファンを得ていた。評論活動だけではなく、『20世紀の名演奏』(NHK・FM)をはじめ、ラジオやテレビの音楽番組の構成兼解説者として活躍した。またクラシック音楽だけではなく、ジャズやポピュラー、フォークソングから絵画、演劇、文学、歴史まで幅広い知識を有した評論家だった。熱狂的なクラシック音楽ファンだった私に、井上陽水という存在を教えてくれたのも黒田であり、後日、『陽水』という写真集を出版することになったのも黒田の影響があったからだ。アナログレコードとオーディオも黒田から教え込まれた。
異彩を放つ特集記事に教育現場からクレームの嵐
黒田恭一と知己を得たのは、1970年に創刊した『ミュージック エコー』(M・E)という中高生向け音楽雑誌の編集者と執筆者としての関係からだ。「M・E」は、学校の教室で先生が直接生徒に販売するという商法。AB版サイズ(18㎝の正方形)の140ページ+ポピュラーソングの楽譜。目玉は17㎝レコード盤付き。ソノシートではない。レコード盤は中高生向きのクラシック音楽を、一流のオーケストラや音楽家の演奏によって特別に録音した本格的なもの。同型の市販のドーナツ盤が500円だった当時に、定価300円(団体定価)という格安。だから売れに売れた。
クラシック中心の雑誌のなかで、黒田の書く特集は異彩を放った。創刊2号目の特集「現在(NOW)を生きる新しい音楽・ロックはぼくの命の起爆剤か」は、学校音楽教育の範囲を逸脱した内容で、生徒たちから大きな反響があった。その分、学校の現場からは「反教育的だ」とクレームの嵐。そのたびに編集総務部長に呼び出され、始末書を書かされた。
ある号で、ショパンの特集(「ショパンの愛と恋」)を企画し、ロダンの彫刻「接吻」の写真を載せた。途端に、仙台の某女子高の音楽教師から、「かくなるヌード写真を掲載するとはいかがなものか」というクレームが付いた。これには編集総務部長も困り果て、笑いながら抗議文を見せてくれた。今から50年前の音楽教育の現場では、「純潔」という言葉が輝いていた。
異次元の音を聴かせてくれるアナログレコード
黒田恭一によってレコード音楽の魅力を教えられてから、実は現在もレコードを聴く生活を続けている。すでに半世紀になる。プレーヤーは「GARRARD 401」にトーンアーム「SME」(型番不明)、カートリッジはMCの「Audio-techica AT33E」、スピーカーは「HARBETH」と「B&W」(いずれも型番不明)。アンプは「ONKYO TX8050」(5年ほど前に買い換え)。クラシック音楽を主に聴く。レコードの所有枚数は約600枚。CDは基本周波数が20~2万Hz。それ以外は人間の耳では聞こえないということは理解できるものの、レコードの溝に刻まれた情報量が半端なく凄い。異次元の音を聴かせてくれるのだから簡単に廃棄できるわけがない。
コロナ禍で「毎日巣ごもり」ということもあるのだろうが、ここ数年、レコードが見直され始めている。「2018年音楽ソフト総生産」(日本レコード協会調べ)によると、アナログレコードの総新譜数は111万6,000枚で、前年比105%増。生産金額は20億7,700円で同108%増。2009年が10万2,000枚だから、実に10倍以上である。専用のアンプやレコードプレ-ヤー、カートリッジまで続々と新製品が市場を賑わせている。CDなら、ポンとCDデッキに押し込めば簡単に音楽を聴くことができる。もっともそのCDでさえ、ストリーミングでスマホに落とし込んで聴くという、超安易な方法に取って代わられ、風前の灯となりつつある。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。関連キーワード
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