黒田恭一とアナログレコード(後)
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大さんのシニアリポート第95回
黒田恭一がこの世を去ってから11年が過ぎた。クラシック音楽の評論家で、特にオペラには造形深く、独特の表現力で多くのファンを得ていた。評論活動だけではなく、『20世紀の名演奏』(NHK・FM)をはじめ、ラジオやテレビの音楽番組の構成兼解説者として活躍した。またクラシック音楽だけではなく、ジャズやポピュラー、フォークソングから絵画、演劇、文学、歴史まで幅広い知識を有した評論家だった。熱狂的なクラシック音楽ファンだった私に、井上陽水という存在を教えてくれたのも黒田であり、後日、『陽水』という写真集を出版することになったのも黒田の影響があったからだ。アナログレコードとオーディオも黒田から教え込まれた。
「幻の音源」を求めて中古レコード店へ
レコードは金と手間暇がかかる。私のオーディオ機器でも、おそらく総額150万円は軽く超えるだろう(私の場合、スピーカーはいただきもの)。帯電したレコード盤に付着したホコリやカビを専用の用具で丁寧に取り払い、レコードをプレーヤーのターンテーブル(回転盤)に置く。カートリッジの重さはそれぞれ違う。替えるたびに針圧計で測定する。それをトーンアームに取り付けて、レコード盤に注意深く針を降ろす。こんなに面倒くさいレコードなのに、なぜ今ごろになって人気が復活してきたのだろうか。
その原因はアナログレコードに込められた「音の良さ」ではなく、何でも簡単に入手できる「便利さ」「手軽さ」という「物足りなさ」に気づいたからではないだろうか。レコード盤を扱う究極の「アナログ作業」に若い世代が興味を持ったのではないか。レコードの「手触り感」に胎内回帰したのだ。父親が昔聴いていたレコードや、時代を感じさせる古いアンプなどが残されていて、「聴いてみたい」という衝動に駆られたということも十分にあり得る。アンティークに興味を抱くのは、今の若い世代に圧倒的に多い。
周辺機器もかつての超高級志向神話を残しつつ、簡便で安価な商品も目に付く。例えばプレーヤー。かつて人気を誇ったチャーミングでおしゃれなポータブル型(スピーカー内蔵)の商品も復活している。「アンティーク感のあるかわいい商品」は逆に若い人にも抵抗感が少ない。中古レコード店も人気で、若い人の姿も多く見られる。第一、かつてレコード化された音源が全てCD化されているわけではない。好きなジャンルにのめり込むと、いつしか「幻の音源」を求めて中古レコード店に足を向かせることになるのだ。
時代が逆方向へ動き出したことを痛感
最近、この人気に目を付けたレコード会社が自社の古いレーベルを掘り起こし、アナログレコードとして復活させた。ソニー・ミュージックダイレクトは、アナログ専門レーベル『GRET TRACKS』を立ち上げた。高級志向を満足させる製品も開発されている。志波正之氏(パナソニック アプライアンス社 オーディオ技術部主幹技師)のこだわりは「レコード回転盤の重心のズレ」である。
「プレーヤーは、レコードに刻まれた溝を針で読み取って音に替える。その際、回転盤がゆがんでいると、余計な振動となって針に伝わり、音が悪くなる。プレーヤー由来の雑音を極限まで削るには、回転盤の『重心』を、限りなく円の中心にもっていく必要があるという。『音のにごりを抑え、究極の音を求めました』(中略)こうしてできたのが、プレーヤーの最高峰『テクニクス SL1000R』。重心のズレを0・01ミリ以下に抑えた。2018年に税抜き160万円で売り出したところ、予想を上回るヒットになった」(朝日新聞2020年11月16日夕刊)という。
黒田恭一家にあった最高級スピーカー(JBL4343、当時200万円?)で聴いたベートーベンの「交響曲第7番」(カラヤン・ベルリンフィル)に圧倒されたことを今でも鮮明に記憶している。最上級の機器で聴くレコード音楽は、瞑目したままキザにタクトを振るカラヤンが、目の前で指揮している気が本当にした。
レコードもやがてデジタル化が進み、それが世界で初めてのCDの誕生を見ることになった。当時のソニー社長の大賀典雄氏が、「この小さな円盤に、ベートーベンの『第九』を入れてみせる」と豪語した記者会見の様子が鮮やかに蘇る。そのCDもストリーミングの台頭に姿を消そうとしている。そして、アナログレコードの復活…。温故知新ではないが、時代が急激に逆方向に回転していくのを痛切に肌で感じている。
昨年11月19日、東京・銀座の王子ホールで開かれた黒田恭一没後10年の会「くろださんのいるところ」に出かけた。そこで吉野直子(ハープ)、長谷川陽子(チェロ)、鈴木大介(ギター)などの演奏で黒田恭一が愛した曲を聴く機会があった。やっぱり生演奏に圧倒された。
余談だが、運営する高齢者の居場所「サロン幸福亭ぐるり」の常連には、私がクラシック音楽の世界と深く関わりを持っていることを教えていない。彼らは演歌にしか興味を抱かない。「ぐるり」でクラシックのレコードコンサートを開きたいのだが、無理だろうな~。
(了)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。関連キーワード
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