6,000年の悠久の地~ギリシャ・クレタ島いかに(5)
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歴史遺産で飯が食える強さ
3月22日、イラクリオン空港から午前11時10分発エーゲ航空305便でアテネに向かった。所要時間は50分。アテネ空港は中心部から20キロ離れたところにある。タクシーで3、40分だ。タクシー料金は36ユーロ。高速道路を30分くらい走ると、小高い丘にアテネの街並みが眺められるところまでやってきた。小高い丘に忽然と都市が登場するというイメージはイタリア・フレンチェと共通している。ヨーロッパには同様の町が多い。開発も規制されており2000年前からの街並みの保存が可能なのである。
1泊するアテネゲートホテル(Athens Gate Hotel)の立地は福岡に置き換えると天神アクロスにホテルがあるという環境。ホテルから徒歩10分以内のところにアクロポリス宮殿やスタジアム跡地、劇場などが集中している。観光するには素晴らしい便利なところだ。馬車にも乗り観光地を一回した。4時間あればメインの観光遺産にはお目にかかることは容易である。
夜は「風林火山」という日本人夫婦が20年経営している寿司屋を覗いた。寿司屋というよりも日本居酒屋という構えである。隣接したところに日本大使館もあり日本人客も目立つ。この店は官庁街の中心部に位置している。店長曰く「住民票を届けている日本人はギリシャに1,000人、流浪者を含むと3,000人前後、滞在している。90%はこのアテネで生活しているようだ」。店はそれなりに儲かっているようだ。
このアテネゲートホテル周囲の旧殿跡地、スタジアム遺跡、博物館・美術館などに入場すると1カ所で10ユーロの入場料を取られるから合わせて30ユーロの金が要る。海外から利用者1,000万人が入場すれば3億ユーロが転がってくる。周りを掘れば文化遺跡がわんさと見つかる。2000年前の観光遺産で飯が食えるギリシャ・アテネは強い。世界でも有数の観光地域なのである。再度、経済危機に見舞われたならばEUを離脱する決断の選択した方が賢明かもしれない。
ドーハ空港は無数の民族の交錯場
3月23日、アテネ空港午後6時25分発カタール航空212に乗った。ドーハ着は午後11時35分だ。まず驚いたのは、サウジアラビア上空から見下ろすと、異様な夜景が目に飛び込んできたこと。高速道路か一般道路か判明しなかったが、明るい照明が飛び込んできたのである。道路側溝に建てられている街灯の光だろう。これほどまで強力な明るさの照明灯を目撃したのはドバイに行った以来である。6年前か!!そしてドーハ空港に近づいた矢先にも同じ異様な明るい照明灯を目にした。オイルを無限に抱えているので照明エネルギー浪費には無頓着なのか。アラブ人の共通した美的感覚なのか!!3月24日夜に福岡空港に着陸する際の都市福岡の照明度合いは非常に暗かったと感じ寂しい思いがした。
ドーハ空港発は3月24日午前1時45分。発着のタイムテーブルを眺めると3.00までの間に60便くらい全世界に飛行機が旅発つことになっている。この便に合わせて旅客者は飛行場内を動き回っているのだ。終着ドーハが目的で降りる人の数は僅少である。要は乗り継ぎでこのドーハ空港を利用しているのが大半。隣のドバイ空港と一緒でトランスジェットの方々で溢れんばかりの込みようである。
まず特筆すべきは近隣のアフリカから黒人が押しかけているという事実がある。ヨーロパ白人の顔も目立つのは当然だ。「日本人かな?」と思って近づき耳を傾けると中国人、韓国人だったりした。日本人は意外と少ない。ターバンをしたインド人も多い。ベトナムあたりのアセアン地区の顔も見かけた。予想に反してイスラム教の様相をした人たちは少ない。飛行場内はまさしく人類の坩堝、多様な民族の交錯場である。ドーハの地に立ってわかったことはアメリカ行きの便はすべて西回り(大西洋経由)であること。太平洋周りは実に遠い。
「世界経済は不景気だ」専門家は指摘する。だがドーハ空港内を徘徊する膨大な数の人達は何かを求めて世界を動き回る、「観光かリゾートか」を求めて往来する。人間という動物は多少の金銭的な余裕が抱くと世界を快走したいという欲望が蠢く本能を有しているようだ。午後4時.10分にインチョン空港に到着し、午後6時45分発大韓航空781便に乗って福岡には午後8時15分に帰りついた。本当にどの便も満席であることには驚いた。
(了)
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