2024年12月23日( 月 )

新型コロナが「石油が座礁資産になる日」を早めた!(4)

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名古屋市立大学 特任教授 岡本 博之 氏

 2020年4月20日、ニューヨーク原油市場の指標となる「WTI」5月物の先物価格が史上初のマイナス37.63ドルに大暴落し、市場関係者を震撼させた。しかし、それはこれから始まる大変動の序章に過ぎなかった。英国石油大手のBPは同年9月発表のレポートで、「石油に対する世界の需要はここ数年でピークに達し、コロナ禍で減った消費は回復しない」と分析している。石油が座礁資産になる日が現実になりつつある。名古屋市立大学の岡本博之特任教授に聞いた。

地球が温暖化する犯人は本当に二酸化炭素だけ?

名古屋市立大学 特任教授 岡本 博之 氏
名古屋市立大学 特任教授
岡本 博之 氏

 岡本 欧州系石油会社と米国の石油会社は、ともに環境問題(「パリ協定」順守など)を考慮しつつ、基本的に「脱炭素化」の方向へ歩みを進めていくことでは一致しています。しかし、その対応の速度や内容には、文化も反映して、大きな違いが生じています。

 アメリカ国民の多くは、コロナ禍が収束・終息した暁には、以前のように、ガソリン大型自家用車やトレーラーで、州を跨いで、家族旅行を楽しもうと考えています。それがアメリカの文化だからです。従って、米国の石油会社もその意向に沿って、戦略(石油需要は戻り、若干なりとも増大していく)を立てざるを得ないわけです。

 そしてもう1つ、欧州系石油会社と米国石油会社の戦略を分けている重要な問題があります。それは環境問題そのものです。すなわち、「地球はたしかに温暖化している。しかし、その犯人は本当に二酸化炭素なのか?」という疑問をもっています。

 欧州や日本などの科学者のほとんどは、「二酸化炭素犯人説」を肯定しています。しかし、米国の科学者の半分は「二酸化炭素はたしかに犯人かもしれないが、もっと大きな別の犯人がいるのではないか」と考えています。さらには、「地球温暖化は本当に悪いことなのか、地球が温暖化したら人類は本当に生きていけなくなるのか」、もしそうだったとしても、「化石燃料全廃を進めていくこと」が唯一の選択肢ではなく、技術革新など、もっと優れた対処方法があるのではないかと考えているのです。

対策はサウジアラムコのIPOやクウェートの基金

 ――地球環境問題、そしてBIG5社の影響を直接受ける産油国の戦略はどのようになっているのでしょうか。

 岡本 産油国は、先ほどお話したサウジアラビアのアハマド・ザキ・ヤマニ元石油大臣の「石器時代が終わったのは石がなくなったからではない。同様に石油時代は石油が枯渇するずっと前に終わるだろう」の言葉に代表されるように、「早晩、石油は座礁資産になる」可能性を含めて慎重に考えています。サウジアラビアの国有石油会社であるサウジアラムコの世界最大規模となった2019年12月の新規株式公開(IPO)はその一環です。また。クウェートではファンド(基金)を組んで、そこから世界中の石油関連産業以外に投資しています。

 一方で、産油国OPEC加盟国のランニングコスト(採掘コスト)は1バレル10ドル以下で、2~3ドルとも言われ、ロシアの約17ドル、アメリカのシェールオイルの約40ドルと比較して、大きな開きがあります。従って、現在の45ドル内外であれば十分な利益が得られることはもちろん、仮に価格が下がって1バレル20ドル前後になれば、最後に生き残るのは自分たちだけであると考えていることもたしかなのです。

5年間で30回の研究部会、インドネシアの大学に寄付も

 ――先生は日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS、※1)のエネルギー研究部会の会長をされていますね。

 岡本 エネルギー研究部会は15年に発足しました。当時は11年3月11日に起こった東日本大震災時に生じた福島原発事故で日本全体の原発がすべて停止、電力不足の危機感で、日本の原発への依存を急遽見直す必要がありました。

 福島原発事故は、化石エネルギーから代替エネルギーへの移行や、環境問題から再生可能なクリーンエネルギーの導入を進めていた矢先に起こりました。そのため、日本のエネルギー・セキュリティの行方が混沌としてしまったので、明日のエネルギー問題を議論し、進むべき方向を導き出したいと考えたわけです。

 私が部会長を務め、名古屋市立大学特任教授・日本ビジネスインテリジェンス協会理事長の中川十郎氏、太陽光発電協議会顧問(元日本電子工業役員)の相徳勝信氏、光と風の研究所代表取締役・千葉大学・静岡大学客員教授の堀内道夫氏、国際アジア共同体学会会長・筑波大学大学院名誉教授の進藤榮一氏、駐日インドネシア共和国特命全権大使(当時)のイーザ・エスロン氏などを顧問に迎えて発足しました。

 対象メンバーは、イトーソリューション&コンサルティング代表取締役(元岩谷産業北京・大連事務所長)の伊藤正氏、グローバルハート社長・日本大学国際関係学部非常勤講師の増田博美氏をはじめとして、BIS所属会員とメンバーの推薦による有識者で、これまでの5年間で約30回の研究部会を行ってきました。この間、研究成果以外にインドネシアの大学に太陽光発電装置を寄付しました。

日本は全力で「脱炭素社会」への道を歩み始める

 ――日本の今後の石炭・石油などの化石燃料を含むエネルギー政策についてお聞きします。

 岡本 日本は菅首相が昨年10月26日の所信表明演説で、50年までに温室効果ガス排出をゼロにすると宣言しました。すでに、EU(欧州連合)は19年12月に同じ目標で合意。世界最大の排出国である中国は、日本に先駆けて9月に、習近平国家主席が国連総会で60年までに実質ゼロを表明しています。

 現段階では、具体的政策の詳細は明らかになっていませんが、いずれにしても、日本は「脱炭素社会」への道を歩み始めることになります。21年に発表予定の「第6次エネルギー基本計画」をもつことになりますが、実現のためには、複数のプロジェクトを同時並行的に動かしていかなければならないのではないかと思っています。

 まず、一番中心になるのは「再生可能エネルギー」の促進で、私は少なくとも全エネルギーの50%程度は再生可能エネルギー(太陽光発電、風力発電など)で賄うべきだと思っています。とくに、太陽光発電については、「宇宙太陽光発電(※2」という壮大なプロジェクトも動き始めています。

 化石燃料については、石炭は全廃(新規の火力発電所はつくらない)し、目標達成には石油も大幅に減らしていかなければならないでしょう。現在、船(重油、軽油)は天然ガスに変換されつつあります。二酸化炭素の排出量は、石炭を10とした場合、石油は8、天然ガスは6の割合になっています。現時点では、輸送(船、飛行機、車)は石油の天下で、長期計画で考えないと、自動車のガソリン、飛行機のジェット燃料を天然ガスに替えることはできません。ただし、車の場合は、電気自動車にすれば排出量はかなり大幅に削減することが可能になります。

 イギリスは19年6月29日にメイ政権の下で、50年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするNet-Zero法案を可決させました。これは世界でもっとも野心的なネットゼロ政策と言われました。その延長線上で、20年11月20日には、ボリス・ジョンソン首相がグリーン・リカバリー実現のための計画の主要10項目を掲げています。日本の「第6次エネルギー基本計画」策定の参考になるので、下記に紹介します。

 1.英国を風力のサウジアラビアに!2030年までに全家庭の電力を賄えるように風力の能力を上げ、整備する。
 2.水から水素を製造するために、最大5億ポンド(約700億円)を投資する。
 3.原子力発電を拡充する。
 4.2030年にはガソリン・軽油車の新規販売禁止。ハイブリッド車は2035年には新規販売禁止。EVや充填所へ28億ポンド(約3,900億円)以上投資する。
 5.公共交通もグリーンエネルギーで行う。
 6.飛行機も船も「排出ガス・ゼロ」を目指す。
 7.21年に10億ポンド(約1,400億円)を投じ、よりクリーンな家屋、学校、病院を建設する。
 8.CCS(「二酸化炭素回収・貯留」技術)の世界チャンピオンたるべく、10億ポンドを投資する。
 9.3万haの植林と3万カ所のサッカー場を建設する。
 10.2025年までに、10億ポンドのイノベーション基金で低炭素技術開発を支援する。

(了)

【金木 亮憲】

※1:激変する世界政治、経済を正しく理解するために、競争情報、ビジネスインテリジェンスを中心とした情報の収集、分析活用によって的確な未来戦略を考える組織。1992年に設立され、現在までの約29年間で約170回の研究会を開催、登壇した講師は500名を数える。

※2:一般的に太陽光発電は、地上の太陽光パネルで発電し、送電線で電気を送るが、宇宙太陽光発電では軌道上に発電衛星を浮かべて、電気を電波で地上に送る。宇宙に壮大な太陽光発電所を造り、太陽の電気を24時間地上に送り届けることが可能になる。


<PROFILE>
岡本 博之氏
(おかもと・ひろゆき)
 山口県萩市出身。1965年、千葉大学文理学部卒業後、シェル石油(株)入社。BP Far East Ltd.社、BPロンドン本社、BPジャパン(株)を経て、99年に日本大学国際関係学部助教授に就任、その後教授に。コロンビア大学日本経済経営研究所客員研究員、日本大学大学院教授を経て2013年より名古屋市立大学(22世紀研究所)特任教授。
 専攻は国際経営論、資源エネルギー論。ワシントン州立大学経営学修士課程でMBA取得(1976年)、博士・国際関係(2007年)。国際経営文化学会副会長、日本ビジネスインテリジェンス協会常務理事、同協会エネルギー研究部会会長。

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