教授 坂口 剛正 氏
北九州市のせっけんメーカー・シャボン玉石けん(株)と広島大学が共同研究によって、天然せっけんの成分「オレイン酸カリウム」に新型コロナウイルスをほぼ不活化させる効果があることを確認した。天然せっけんの成分に、なぜそのような作用があるのだろうか。研究を手がけた広島大学の坂口剛正教授に話を聞いた。
手に優しく手荒れしにくいことも長所
――天然せっけんの成分には、オレイン酸カリウムが必ず含まれるのですか?

坂口 天然せっけんの原料である脂肪酸は炭素、水素、酸素という3種類の原子で構成されていますが、炭素の数や炭素同士のつながり方などの違いによって、さまざまな種類があります。オレイン酸は脂肪酸の一種ですが、脂肪酸を原料とする天然せっけんの大半はオレイン酸とは別の脂肪酸を使っています。
というのも、オレイン酸は色や匂いがあるため、せっけんとして製品化しにくいのです。シャボン玉石けんさんの商品にはオレイン酸が入っているものがありますが、色や匂いは工夫して抑えていると聞いています。
――オレイン酸カリウム以外の脂肪酸を原料とする天然せっけんの抗ウイルス効果は?
坂口 私たちの研究では、いろいろな種類がある脂肪酸のうち、抗ウイルス効果が高いのは原則として炭素数の多い脂肪酸であることがわかっています。オレイン酸の炭素数は18ですが、オレイン酸以外で天然せっけんの原料として使われる脂肪酸の多くは、炭素数が12のものです。炭素数が少ないので、抗ウイルス効果は大きくありません。
――オレイン酸カリウムを含む商品はニーズがあるのでは?
坂口 売れ行きに生産が追いつかないそうです。もっとも、値段は合成せっけんと比べて高いので、ドラッグストアなど一般消費者向けの小売店では苦戦しているようです。
業務用として、たとえば老人施設や医療機関など、働いている人が仕事中に手洗いをする機会が多いところで売れているそうです。天然せっけんはもともと、合成せっけんよりも手に優しいですし、オレイン酸カリウムが入っている天然せっけんは低い濃度でウイルスを除去できるため、手荒れしにくいそうです。
感染リスクが高いのは満員電車より「家庭」と「職場」
――話は変わりますが、今後、新型コロナに関する状況はどうなると思いますか?
坂口 新型コロナは非常に感染しやすいウイルスですし、完全になくなることはありません。新型コロナとは共存していくしかないでしょう。最終的な解決のかたちは、みんながワクチンを打つか、あるいは感染して回復し、人口の50%以上が新型コロナに対する基礎的免疫を持つ状態になることです。そうなれば、爆発的な流行は起きなくなります。これまでのインフルエンザと同じような状態です。
あと、良い治療薬も必要ですね。今のところ新型コロナには、インフルエンザにおけるタミフルのような使いやすい薬がないですからね。
――感染しないことだけを考えていればいいというわけではないのですね。
坂口 今、美術館には休館しているところもありますが、「開けておけばいいのに」と思います。美術館では、来館者は話したりしないし、マスクもしているし、それほど感染しないですよ。よく言われていることですが、満員電車では新型コロナにほとんど感染しません。乗っている人たちがみんな黙っているからです。映画館が感染しにくいのも同じです。
――そういえば、満員電車や映画館はいかにも新型コロナのクラスターが起きそうですが、起きたという話を聞きません。
坂口 新型コロナに感染しやすい場面や局面はわかってきましたが、実は一番危ないのが「家庭」と「職場」です。それと介護施設、医療機関です。とくに、マスクをしない食事のときに感染しやすいのです。
――たしかに、家庭や職場でクラスターが起きることが多いですね。
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坂口 みんな、いったん警戒し始めたら、ものすごく警戒しますよね。道を歩いているときに感染することはないから、僕は道ではマスクを外して歩いていますよ。僕以外はみんなマスクをして歩いているので、変な目で見られているかもしれませんが…。
でも、道を歩いているときは戸外だし、話すわけでもないし、サイエンティフィックに考えたら、マスクはしなくていいのです。僕も道で知り合いと会い、話すときにはマスクをしますけど、それ以外のときは変な目で見られても、意地になってマスクをしていません(笑)。
――お話を聞いて、新型コロナは克服できるように思えてきました。ありがとうございました。
(了)
【片岡 健】
<プロフィール>
坂口 剛正(さかぐち・たけまさ)
1987年、名古屋大学大学院医学系研究科修了。2009年から現職。研究分野は医歯薬学、基礎医学、ウイルス学。学外では新型インフルエンザ対策専門家委員会委員、中国四国ウイルス研究会代表幹事などを歴任。20年3月から広島県新型コロナウイルス感染症対策専門員。