【コラム】マンション管理士のつぶやき(2) ベランダ喫煙は許されるか?
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スモーカーの席はトイレ前~米国の嫌煙運動
朝起きてベランダで背伸びをし、夜明けの空気を胸いっぱい吸い込む。朝食後、洗いたての洗濯物をパンと伸ばして干す。夜、仕事を終えて帰宅し、ベランダから眺める街の明かりにほっと息をつく。そんなとき、どこからともなくたばこの煙が……「ほんっとに嫌」「ゲホンってせき払いして窓をピシャっと閉めます」「それでもやめないから腹立つよなあ」……。マンションの近隣トラブルで必ず上位にランクされるのがこれ、ベランダたばこの煙害である。コロナ禍のなか、在宅ワークが広がり苦情も増えていると聞く。今回は、たばこをめぐるつぶやきである。
私は大学生の時にたばこを吸い始め、43歳でやめるまで約四半世紀、1日平均50本のたばこを吸ってきた。葉巻も吸った。キューバやドミニカ産の本格的なものは1本3,000円くらい。独身貴族でなければ買えない。中東あたりでよく見られる水パイプも通販で買って吸ってみた。煙が水で冷やされて美味との触れ込みだったが、どうだったか。味はもう忘れてしまった。とにかく相当のたばこ好きだった。
30代半ばのころ、初めてのハワイ旅行の際、たばこで嫌な思いをした。ワイキキビーチをのぞむテラス席が素敵なレストランに入ったときのこと。ウエイトレスが「たばこは吸う?」と聞く。「吸う」と言うと、「こっちへ来て」と手招きして店の奥へどんどん進む。テラス席がいいということを身振り手振りで伝えようとするが、彼女は「ノー」と言ってトイレ前の通路脇の席へ案内し、「スモーカーの席はここよ」とあごをしゃくった。
「店長を呼べ」と怒る気力は私にはなかった。けんかするだけの英会話力はないし、日ごろから「たばこはそろそろやめなきゃな」と思っていたところでもあったのだ。健康上の理由もさることながら、月に何万円も煙にすることのバカバカしさに内心忸怩たるものがあった。そこにこの扱いである。「もう本当にやめるぞ」と決意した。当時、米国での嫌煙運動はすさまじかった。やがて日本にも伝播してくると思えたし、実際にそうなった。喫煙者は脇へ追いやられる時代の流れを考えれば、やめてよかったと思う。もっとも、決意はしたもののなかなか実行できず、いや何度か実行はしたのだが挫折も繰り返し、本格的に禁煙するのはなお数年を経て子どもができてからのことになるのだが。
裁判でもホタル族に厳しい判決
さて、マンションのベランダたばこに話を戻す。私も当然、ベランダでたばこを吸ったことがある。勝手なものだが、禁煙してからは他人の煙に怒り、管理会社に苦情を言い「喫煙の際は気配りを」と掲示板に貼り紙をしてもらったこともある。逆に苦情を言われたこともあったのかもしれない。この問題の扱いはなかなか難しい。
法律はどうなっているか。マンションの住人相互の権利関係などを規定した区分所有法(通称マンション法)によると、ベランダ(バルコニー)は区分所有者の専有部分ではなく共用部分に属する。ならば禁煙か? 今や公共の場はどこも禁煙が通り相場だ。しかし、ベランダは共用部分ではあっても区分所有者が基本的に自由に使用できる専用使用権が認められている。原則、喫煙も自由だろう。だが、規約や使用細則で「ベランダ禁煙」と規定してあれば、たばこは吸えないということになる。
ややこしいが、要するに規定がなければベランダたばこOKが結論か? いや、そう単純ではない。区分所有法は「区分所有者は建物の保存に有害な行為その他建物の管理または使用に関し共同の利益に反する行為をしてはならない」とも規定している。たばこが共同の利益に反するほどであれば、責任を問うことができよう。同法により行為停止、使用禁止などの請求が可能。民法の不法行為の規定により損害賠償請求もできる。
判例を見てみよう。2012年12月の名古屋地裁判決。マンションに居住している70代女性が階下の60代男性のベランダでの喫煙で体調を崩したとして150万円の損害賠償を求めた裁判で、地裁は近隣住民に配慮しない喫煙行為は「違法」と判断し、慰謝料として男性に5万円を支払うよう求める判決を言い渡した。規約や使用細則に「ベランダ禁煙」の規定はなかった。なお、女性にはぜんそくの持病があり、手紙や電話で何度も男性に対して喫煙をやめるよう申し入れていたが、男性は応じなかったという。
愛煙家の皆さん、状況は不利と言わざるを得ない。たばこに対する風あたりは当時と同等か、それ以上に強い。裁判では、たばこを吸う側が無傷でいられる可能性は低い。マンション管理士として、ベランダたばこに関する相談を受けたら、たばこ農家だろうが、たばこ会社の社長だろうが、やめさせる方向に動くだろう。世間では今、あちこちで「不寛容」という名のバケモノがのし歩いているが、この問題では嫌煙権を認めないことこそが不寛容となる時代なのだと思う。
昔、「ホタル族」という言葉が流行した。家族が嫌がるために部屋の中ではたばこを吸えないお父さんたちがベランダに出て吸う。小さな火がポツン、ポツンと寂しげに灯る姿を若干の同情を込めて表現したものだが、喫煙者はもはや、ホタルどころかゴキブリのように嫌われる存在となり果てた。元スモーカーとして、哀感を込めてこう言おう。グッドバイ、ホタル族!
【マンション管理士&フリーランスライター 山下 誠吾】
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