ニューヨークとコロナ~町が生き返る(後)
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大嶋 田菜(ニューヨーク在住フリージャーナリスト)
大抵のカリフォルニア人は、ニューヨークは一生に一度は行かなければいけない大都会だと感じているが、ニューヨーク人はカリフォルニアなんか気にもかけない。お金があれば冬はフロリダに逃げるくらいで、普段は部屋のネズミの駆除をして、週に1回コインランドリーで洗濯を済ませ、馬鹿高くて狭苦しいアパートで暮らしている。ニューヨーク人はそれでいいのだ。やたらニューヨークが好きで、ロサンゼルスなんか、おとぎ話のミュージカル映画の『ラ・ラ・ランド』だよ、夢ばかり見ているのだね、とからかう。では、自分たちはというと、毎日を息苦しく過ごしているのであるが、夢を見る余裕がないのか、それが当たり前かのように、つべこべ言いながらも案外平気に生きている。
バス停の裏側にいるアルゼンチン人カップルは、誰かに貸した50ドルが戻ってきてないともめている。その脇を自転車で通る男性は、ピザをどこかに配達しに行く途中のようで、片手ハンドルで、誰かと携帯で楽しそうに話している。メキシコ訛りのスラングだ。その向こうには黒帽子に黒いスーツに真っ白な長ひげのユダヤ系の老紳士が、近くの会堂(シナゴーグ)かどこかに向かって速足で向かっている。
すると、急にサルサらしい音楽が流れてきた。振り向くと、プエルトリコの旗を3つ立てたハーリーデビッドソンを、坊主のように剃髪した50代前半の男がゆっくり運転しているのが見えており、音楽はそこから流れてくるらしい。
暑いなか、真っ黒なブルカ(※)に真っ黒で足首までの長いワンピースを着ている女性と、その旦那のように見える男性が近くのスーパーのなかへ姿を消す。横断歩道を渡ろうとする女学生らは、路上にあるスズメの死体に気づいて一歩後ろに下がって笑う。赤ちゃん用のストローラーを押しながらお喋りする母親らは、みな同じヨガパンツを履いて散歩。そこへダンキン・ドーナッツの1ドルのアイスコーヒーを片手に持ち、ダンボール箱をカートで運ぶ黒人の男が通り過ぎる。マスクをしている人もあれば、していない人もいる。
閉店した店は多いが、ニューヨーク人はパンデミックがただの夢だったかのように、何も気にしないで街中を動き回る。他人がどう思うか、他人がどのような人生を生きているか、まったく無関心なのだ。パークアベニューで監督・俳優のウディ・アレンを見かけても、セントラル・パークで女優のダリル・ハンナがすぐ脇を通り過ぎても、イースト・ビレッジの古いビルの階段に座ってのんびりとコーヒーを飲んでいるソングライターのパティ・スミスと目線が合ったにしても、誰も決して声をかけようとせず、一緒に写真を撮ろうなどと考えない。それがニューヨーク人なのだ。必要なときはみんな一緒に協力するが、パンデミックが後退している今は、再びバラバラになった。1人ひとり、自分の道を進んでいく。
(了)
※:イスラム教徒の女性が着る、全身を覆う外衣。 ^
※画像は著者撮影、提供
<プロフィール>
大嶋 田菜(おおしま・たな)
神奈川県生まれ。スペイン・コンプレテンセ大学社会学部ジャーナリズム専攻卒業。スペイン・エル・ムンド紙(社内賞2度受賞)、東京・共同通信社記者を経てアメリカに渡り、パーソンズ・スクールオブデザイン・イラスト部門卒業。現在、フリーのジャーナリストおよびイラストレーターとしてニューヨークで活動。関連記事
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