2024年11月05日( 火 )

旅の本質に見え隠れするもの(続)(前)

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 来年、『高田瞽女(ごぜ)が見た昭和の原風景と人の情け』(仮題・平凡社新書)を上梓する。目の見えない女だけの遊芸人(ゆうげいにん)、瞽女。彼女らもまた生きるために旅をした。全盛期、瞽女は南は鹿児島から、北は東北・北海道まで全国的に存在した。越後の瞽女が東北地方を旅したり、北前船で北海道にわたって江差など鰊漁(にしんりょう)で賑わう漁村を回ったという。商売になればどこにでも出かけ、力強く生きてきた。

喜捨を得ながら旅する盲女の集団、瞽女

新潟 イメージ 昔からお伊勢まいりなどの物見遊山を兼ねた旅もあったが、旅の本質は「生きるため」「商売をするため」であると前号で書いた。越中富山の薬売りという商売人ばかりではなく、越後の角兵衛獅子(かくべいじし)や猿回し、萬歳師や傀儡師(くぐつし)、琵琶法師などの放下師(ほうかし・旅芸人)は旅をすることでいくばくかの喜捨(きしゃ)を得て糊口(ここう)の資を得た。有名な津軽三味線の名手初代・高橋竹山も太棹の津軽三味線を弾いて門付(かどづけ)しながら旅をした。雨が降れば、三味線の代わりに尺八を吹いて門付をした。旅をすることで命をつないだのだ。

 男の盲人にも、「当道座(とうどうざ)」という自治的互助組織が全国的に設けられていた。主に琵琶を弾いて物語などを語りながら喜捨を得た。厳格な階級を設け、最高位を検校(けんぎょう)、以下、別当(べっとう)、勾当(こうとう)となり最下位に座頭(ざとう)を置いた。ちなみに俳優・勝新太郎が主演をつとめた『座頭市』とは、座頭のくらいにいる「市さん」を主人公にした映画である。

 江戸初期から新潟県高田(現・上越市)にも、三味線を弾き、瞽女唄をうたいながら家々を門付し、喜捨を得ながら旅する盲女の集団があった。彼女らの宿願は、「一度でいいから、自分の目で家族や世話になった人たちの顔を見たい」ということだった。

 「五体不満足」ゆえ、‘視覚’を除いた‘聴覚’、‘味覚’、‘嗅覚’、‘触覚’(四感)が「五体満足」の人々より格段に鋭い。その残された「四感」を研ぎ澄ませて‘見る’のである。取材した高田本誓寺(ほんせいじ)町(現・東本町四丁目)にあった杉本家の親方・キクエは、まるで見てきたように話した。「信州の山はすばらしかった。風がすばらしかった。緑が見えるような気がしたよ」という具合である。

高田瞽女の旅

 高田瞽女の旅の範囲は、新潟県(越後)上越地区(東・中・西頸城の三郡)と長野県(信州)中部地区(小諸、臼田(うすだ)、馬流(まながし)…)と小谷村(おたりむら)など北部地区などに限られていた。

 居住地の高田を起点にほぼ一年かけて旅をした。旅に出る前の準備は大仕事だ。二十日という短い旅もあったが、信州への旅のように二ヶ月以上の長旅もあった。旅先での着替えはもちろん、商売道具の三味線、果ては薬類から石鹸まで、日常生活には欠かせない、ありとあらゆるものを用意した。瞽女の旅の基本は徒歩である。総重量十五キロにもなる荷物を背負い、一日何里もの道を歩いたのだ。

 瞽女は3人から5人がひと組になり歩く。道先案内の役目を負った「手引き」という目明き(めあき:目の見える人)の瞽女が先頭に立ち先導した。手引きを先頭に、次の瞽女が手引きの荷物に手をあてがい、その次がその前の瞽女の荷物に手をあてがう。まるで運動会のムカデ競走である。

 春の終わりから晩秋までの、雪の降らない季節なら歩行も楽だった。しかし、豪雪地帯である冬の旅は想像を絶した。手引きは道ばたに残された荷車の轍(わだち)をたしかめながら歩いた。その轍が吹雪で掻き消され、困難を極めることが数多くあった。橋の上に残された轍に足を踏み入れ、危うく橋から転落しそうになることも少なくなかった。地吹雪は瞽女たちの歩みを止めた。雪の山道などでは帰路に困らぬように、木の枝を折りながら進んだともいわれる。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第101回・後)
(第102回・後)

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