ウイルス起源解明問題をめぐる不毛な米中対立の行方
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NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。今回は、2021年8月27日付の記事を紹介する。
アメリカのバイデン大統領が、去る5月、国家情報長官(DNI)をまとめ役とする16の諜報機関に対して90日と期限を設けて、新型コロナウイルスの発生起源について調査報告を命じたのは、世界最悪の感染症患者や死者が収まらないために支持率が急落を遂げているせいである。起死回生を狙っての「中国責任論」を立証しようとしたわけだ。
その期限が8月24日であった。アメリカの諜報機関がまとめた報告書がバイデン大統領に届けられたが、その結論は「発生源を明確には特定し得ない」という曖昧なものであったという。ホワイトハウスの報道官によれば、大統領が精査中であり、数日以内に概要は公開できる見通しとのこと。いずれにせよ、いつ、どこまで公開するかは大統領の決定事項であるという。
要は、バイデン大統領が諜報機関を総動員してコロナの発生源調査を命じたのは、コロナ対策の失敗にともなう責任を回避する手段として、「中国の武漢ウイルス研究所から流出した」という可能性を指摘することで、「責められるべきは中国である」という世論工作の一助にしようとの試みと思われる。本当にウイルスの起源を解明しようとするのであれば、医学、とくに細菌学の専門家による国際的な連携を図るべきである。
ところが、アメリカは国内の情報機関のみに調査を命じており、明らかに医学的見地からではなく、地政学的な見地から「責任の所在をアメリカから中国へ押し付けようとする」魂胆が見え見えである。バイデン政権は通信傍受で得た中国政府と武漢ウイルス研究所のやり取りのなかから新たな手掛かりを得ようとした模様である。
一方、日本国内においては、ウイルスの起源を究明せよ、といった声は聞かれない。なぜなら、1970年代に猛威を振るったエボラ・ウイルスについても、いまだに起源は解明されていないからだ。人類の歴史はウイルスとの共存共栄の歴史でもある。新たなウイルスの起源解明には長い時間と膨大な資源が必要になる。それはそれで重要であろうが、今現在、急を要するのは目前の感染症を悪化させる変異株への対策や重傷者患者の入院治療体制の拡充である。
この面での国際的な協力の在り方を模索すべきで、アメリカによるインテリジェンス機関を動員しての90日という短期間でのウイルス起源解明の動きは国際社会、とくに医学、医療関係者を納得させるような結果をもたらすとは到底思えないものだった。
実はトランプ政権時代、国務省が極秘裏に行ったウイルス起源調査は中国を想定したものだったが、内容が乏しくバイデン政権下で没にされた。これを覆すような情報が新たに見い出せるとは考えにくい状況であった。案の定、今回の情報機関による調査においても、中国の武漢ウイルス研究所をコロナウイルス発生源と特定するには至らなかった。
アメリカはWHOの第2段階の起源解明計画を「中国が拒絶した」と主張してきたが、これも加盟国の一致した同意を得たものではないため、元からアメリカの主張には無理があった。そもそも、第1段階の調査には欧米の専門家も参加しており、その報告書によれば、武漢のウイルス研究所からウイルスが流出した可能性は「極めて低い」とされていた。
それを尊重せず、アメリカは「中国は調査に十分協力しなかった。圧力をかけて報告書の内容を中国に有利になるようにした」と、あとからクレームを付ける有り様だった。バイデン大統領自身が述べているように、ウイルスの起源に関しては「自然発生説」と「研究所流出説」の2つの見方が有力であり、その決着を付けるために諜報機関に再調査を命じたというのだが、すでに発生から時間がかなり経過しており、翻っての再検証には当初から無理があった。
しかも、調査を命じられた諜報機関の間では「自然発生説が2で、研究所流出説が1」という割合であった。途中の時点でも、この大勢には変化がないと報告されていた。となると、最終報告書では従来と同じく、両論を併記したうえで、「どちらか一方には特定できない」という想定内の結論になったというわけだ。
とはいえ、それではバイデン政権もトランプ前大統領の「武漢ウイルス説」を訴える共和党陣営も納得しないだろう。いわゆる「嫌中派」はさらなる調査を要求するに違いない。何しろ、トランプ前大統領に至っては、「コロナのもたらした被害の損害賠償として10兆ドルを中国に請求すべきだ」と息巻いているほどである。共和党、民主党を問わず、アメリカ議会では対中警戒感が強いため、バイデン大統領としても、中国に対して宥和的な姿勢を見せるわけにはいかない。
いずれにせよ、アメリカの国内政治上の問題が影響していることは間違いない。そのため、バイデン政権は「WHOによる第2段階の起源解明を中国が拒絶している」と指摘し、その理由として「中国が重大なデータを隠蔽している」ためだというシナリオを描いているわけだ。言い換えれば、「中国責任説」を補強するための対外情報工作の一環として「コロナ起源解明」という作戦を思いついたものと思われる。もちろん、中国政府が反対することは見越してのこと。
これでは、コロナに名を借りた「対中制裁」と変わらず、ただでさえ通商摩擦や知的財産権をめぐる対立、そして南シナ海に止まらず、宇宙にも広がる軍事面での競合化など、多方面に渡る緊張関係が深まる米中両国を一層悪化させかねない。世界第1と第2の経済大国が「言葉のミサイル」を打ち合う状態は周辺国のみならず世界全体に暗雲を投げかけることになるだろう。これほど不毛な議論はないと言わざるを得ない。
著者:浜田和幸
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