石破自民参院選大敗の主因

政治経済学者 植草一秀

 

 官邸前で「石破やめるな」デモが開催されたと報じられた。石破首相が退陣すると高市早苗氏が新たな首相に就任するかも知れない。それは勘弁してほしい、との気持ちからデモが開催されたと伝えられている。たしかに高市早苗首相は最悪の事態。しかし、だからと言って「石破やめるな」は参院選で示された民意とはかけ離れている。

 参院選で示された民意は次の三つ。
 1.石破内閣への不信任
 2.石破内閣の減税封殺路線へのNO
 3.安倍内閣以来のインフレ誘導政策へのNO

 自民党内では極右の旧安倍派を中心に石破首相辞任論が強く叫ばれている。極右旧安倍派は自民党大敗の主因であると言え、石破首相に退陣を求めるのはお門違い。しかし、石破首相は125議席を争う参院選での勝敗ラインを自公で50議席という超低水準に設定。その選挙で50議席を確保できなかったのであるから、責任を問われるのは当然。また、主権者国民は石破内閣に退場通告を行った。この民意を尊重する必要がある。

 石破首相が主権者の信任を受けなかった最大の要因は石破氏が財務省洗脳状態にあることだ。国会質疑で石破首相も日本の財政事情が悪化していることについてギリシャとの比較を挙げた。取り上げたのは政府債務のGDP比。日本の政府債務は財務省資料では2024年3月末の国の債務は1,474兆円、国債発行残高が1,163兆円。内閣府公表の一般政府貸借対照表では2023年末の政府債務が1,442兆円。

 2023年度の日本の名目GDPは595兆円。日本の政府債務は財務省統計、内閣府統計でいずれもGDP比200%かそれ以上。財政危機に陥った2009年時点のギリシャの政府債務残高GDP比は129%。このことから、「日本財政は政府債務危機に陥ったギリシャより深刻」という話が都市伝説のように語られてきた。

 石破首相も財務省の想定問答を読んでのことと思われるが日本財政が深刻な状況にあると主張した。その上で「減税はできない」と主張してきた経緯がある。しかし、財務状況を借金の多寡で判定するのは誤り。「初歩の誤り」だ。『財務省と日銀 日本を衰退させたカルトの正体』に日本財政の問題点を詳述した。

 石破内閣がザイム真理教信者となり、間違った政策運営をすれば、この内閣は短命に終わる。この認識から私はある人物に対して石破首相へのレクチャーをする考えがあることを述べた。直接面会して、適切な財政政策運営を示してもらうよう説明する考えを提示した。会合設営は困難であると想定した通り、会合は設営されずに今日に至っている。

 私は小泉純一郎氏が首相に就任する1年半ほど前に日経新聞専務の杉田亮毅氏からの依頼で小泉氏に対するレクチャーを行った経験を有する。小泉氏が財政再建を重視していることは熟知した上で、本当に財政再建を目指すには経済の安定軌道への誘導を優先することが重要であることを説いた。「財政あっての経済」ではなく「経済あっての財政」であり、財政健全化を追求するには経済の健全化を確保する必要があると説いた。

 しかし、小泉氏は私の説明を遮り、自説の主張に終始した。2001年4月に小泉内閣が発足したとき、私はテレビ番組で、小泉氏が主張する政策が遂行されるなら、日本経済は間違いなく史上最悪の状況に陥ることになると明言した。そして、その警告は現実のものになった。石破内閣が窮地に追い込まれている最大の原因は財政政策運営の誤りにある。この点を見落として「石破がんばれ」との主張には説得力がない。

 「財政赤字はいくら拡大してもまったく問題がない」との主張もある。しかし、これも間違いだ。7月17日にブログ、メルマガ記事を公開した。「全国民に毎年1億円支給」「バラマキ財政でなくメリハリ財政」財政赤字を気にすることがないなら、すべての国民に毎年1億円の現金給付を行うことを公約に掲げればよい。各政治勢力は大盤振る舞いの競争になるだろう。

 子育て世代には、子ども一人につき、毎月100万円の現金給付を行う、などの政策が提示されるだろう。しかし、本当にそうなのか。ものごとを明らかにするためには極端なケースで考えるのが分かりやすい。すべての個人に毎年一人1兆円の現金給付を行うという政策を考えてみればよい。財源はどうするか。当然のことながら、全額を国債発行で賄うことになる。国債を銀行に引き受けさせて、その後に日銀がその国債全額を銀行から買い取る。実質的に日銀が資金を提供して国民全員に1兆円の現金給付を行う政策。このような政策を実施すれば財政支出の規模に連動して物価が暴騰する。ハイパーインフレで現金給付の効果は消える。

 世の中にうまい話は存在しない。財政は基本的に収入と支出をバランスさせるべきである。しかし、状況に応じて緩和的な政策運営と緊縮的な政策運営を適切に実施するべきである。いま懸念されているのは、日本経済が停滞しているなかで行き過ぎた〈緊縮財政〉が実施されていること。

 税収が激増しているときに、この税収を還元する政策を実施しないと財政政策が景気を悪化させる。日本の国税収入は2020年度を基準にすると年額で17兆円の激増を示している。10年で170兆円規模の増税が実施される情勢にある。したがって、この増収分を国民に還元することで財政政策は〈緊縮〉から〈中立〉に戻る。方法として消費税率を10%から5%に戻すのが最適である。年額17兆円の自然増収という〈財源〉が存在する。この〈財源〉を活用して消費税率5%を実現する。零細事業者をこの世から消滅させるインボイス制度を同時に廃止するべきだ。

 私は石破氏に丁寧に説明する考えを有していた。石破氏が納得して消費税率5%への引き下げを明示していれば、参院選で自民が大敗することは回避されたと思われる。しかし、石破氏は財務省路線にそのまま乗って、日本財政はギリシャより深刻だと主張した。

 同じ過ちを犯したのが菅直人氏だ。2010年に総理の座を奪うと、財務省路線に乗って消費税率10%を参院選公約に明示した。その結果、2010年7月参院選で大敗した。菅直人氏は直ちに首相を辞任するべきだったが、総理の椅子にしがみついた。菅直人氏も財務省から日本財政はギリシャより深刻だと吹き込まれて、これに洗脳された。

 最近では日本経済新聞が政府債務のGDP比国際比較を持ち出して、日本財政が深刻だとのキャンペーンを展開している。経済専門誌とは言えぬ失態。財務省が政府債務GDP比で日本財政の危機を主張しているときに、「政府財務の健全性は債務GDP比で測ることはできず、債務と資産のバランスで考える必要がある」と紙面で説くのがまともな経済専門紙。日本経済新聞は上記の杉田亮毅氏が支配権を有したその瞬間から、財務省機関誌に成り下がった。石破内閣の最大の誤りが財政政策運営にある点を明確にすることが何よりも重要だ。
 


<プロフィール>
植草一秀
(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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