2024年12月23日( 月 )

利他…、「情けは人の為ならず」というけれど…(後)

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 人の為に何かをすることを「利他」という。利他は利己(主義)とは対義語になる。「情けは人の為ならず」とは、「情けをかけるということは、人の為だけではない。かけた情けは結局自分に戻ってくる」という意味なのだが、「いくら他人に情けをかけてもその人のためにならない」場合があることを第103回で紹介した。障害を持つ人に対し、相手が望んでもいない対応をすることは、ほんとうの「利他」とはいわない。

有効に稼働することはほぼあり得ない「デジタル庁」「こども庁」

大さんのシニアリポート 利他はときとして数値化されることがある。ところが、すべてを数値化し簡素化することで企業が利益を追求していくと、実に奇妙な現象(逆に不利益)をもたらすと伊藤氏は『利他とは何か』で言及している。「人類学者のデヴィッド・グレーバーは『ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事の理論』で、数値化が仕事にもたらす影響を、『ブルシット化』という強烈な言葉で分析しています。『ブルシット』とは、副題にある通り『クソどうでもいい』ということ」「ブルシット・ジョブとは、実際には『完璧に無意味で、不必要で、有害』なのに、あたかも『意味があって、必要で、有用』であるかのように振る舞わなければいけない雇用形態のこと」。

 グレーバー氏がいうのには、1970年代から、労働者の給料が生産性の向上に見合った上がり方をしてこなくなった理由を、生産性が上がり、得られた利益を「給料を増やすためではなく、管理職やそれに付随する事務方を増やすことに使われたのです。ブルシット化しているのは、この『管理すること』を目的としてつくられた層なのです」と指摘する。不必要な部門に利益分を投入。生産性を上げるという競争原理から逸脱するという奇妙な現実に遭遇する。

 新設された「デジタル庁」や新設が予想される「こども庁」などの諸機関が、現実的に有効に稼働することはほぼあり得ないと考えている。いくら箱をつくり、そのなかで働く事務方が優秀でも、従来の縦割り行政が解消されない限り不可能な話だ。第一、一度得た既得権を手放す省庁があるはずがない。デジタル化はどの省でも実施済み(脆弱なことには目をつぶるものの)。「こども庁」に、幼稚園(文科省)、認定こども園(内閣府)、保育園(厚労省)が利権を手放すとは考えにくい。結局、無駄な金(税金)が投入されるだけだ。すでに企業の管理部署に在籍する社員のなかには、「自分の仕事を意味がないと感じる人が出てきたりしている」(『利他とは何か』)ということになりかねない。つまり、省庁の新設は利他ではないということ。

相手の話をひたすら聞く

大さんのシニアリポート 筆者が住む地域は公営住宅が多い。住宅困窮者、つまり所得が少ない住民が暮らしている。その住民に共通していることは、「やってもらって当たり前」という考え方だ。時期が来ると、浴槽から、台所、畳まですべて無料で交換してくれる。これを当然と考えているから、基本的に利他は生まれにくい。月2回、「ぐるり」で行われている「こども食堂」のボランティアはすべて他地域からきている。もっとも恩恵を受けている公営住宅からのボランティアはゼロである。サービスを提供する側が公的な機関であろうが、民間のNPOであろうが、個人的なボランティアであろうが、「やってもらって当たり前」の住民には関心がない。あるのは、「自己満足」のみ。基準がすべて「自分」なのだから。

 「ぐるり」に来るボランティアは「こども食堂」以外にもいるが、彼らは決して対価を求めない。「これをしてあげたら喜ぶだろう」という気持ちはあるだろうと思う。だからといって、「自己犠牲の上にボランティアは成り立っている。だからサービスを受けた側は感謝すべきだ」という考えはない。

 「ぐるり」の運動を始めてから14年、個人的に住民の見守りを続けている。必要なら社会福祉協議会を通して関連の部署につなぐのが基本である。この間、1人の住民を孤独死から救った。積極的に見守るのではなく「相手の話をひたすら聞く」こと。筆者の利他的基本姿勢はこれに尽きる。

(了)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第104回・前)
(第105回・前)

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