2024年12月23日( 月 )

「マッスル倶楽部」をつくって感じたこと(後)

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 運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)に「マッスル倶楽部」という少々場違いな同好会を立ちあげた。「ぐるり」は高齢者が集う居場所である。いいにくいが「一丁上がり」に近い人も来る。来亭する高齢者の大半は、自ら努力して何かを成し遂げようとは思わない。残りの人生を仲間とともに楽しく過ごしたいというのが彼らの偽らざる心境だと思う。そこが亭主である私の考えとは大きく違う。「美魔女」は大嫌いだが、「美マッスル」は大好きである。

ウォーキングの効用

サロン幸福亭ぐるり 年齢に関係なく筋肉を鍛えることで体力は向上し、筋肉量は増えるといわれている。私が参加者に鍛え上げた(?)二の腕の筋肉を見せ、ダイエットに成功したと伝えた。つまり結果を出したのだ。その「結果」を目の当たりにした高齢の参加者の目つきが変わった。やる気になったのである。「マッスル倶楽部」はこうして誕生した。

 6月のこの欄で、「アンチエイジングという点で、筋肉は最も効果をあらわす『臓器』なのです」「一定のスピードで歩くという筋力が必要なのです。歩く速さは、ピッチ(回転)×ストライド(歩幅)です。老化とともに落ちていくのはストライドの方で、安全に移動するためにも歩幅を維持する筋力をキープしたいものです」(朝日新聞 2018年12月4日)という久野譜也教授(筑波大大学院スポーツ医学)の話を紹介した。

 ウォーキングは脂肪燃焼効果、血流促進、低体温改善などの効果があり、ダイエットには最適だといわれている。加えて中性脂肪の減少、安定した血圧、血糖値にもよい影響がある。単純に考えても脳にも大きな影響を与えていると考えたい。実は、筋肉体操を実施した高齢者のうち、数人に認知症(軽度)の改善が見られたことだ。もちろん医学的なエビデンスはない。顔の艶がよくなり、やや暗かった顔の表情に変化が見られた。仲間の気持ちに変化が現れると、傍にいる人にもいい影響を与える。マッスル体操を続けようというみんなの気持ちが、認知症当事者に伝わったのだと思う。いや、そう思いたい。エビデンス云々よりも結果オーライである。

便利な物からはしっぺ返しが

 医学的に認知症になる原因(因子・要因)はまだ確立されていない。「改善・完治」という段階までには至っていないが、症状を緩和する、これ以上悪化させないための薬も開発されてきている。昨年暮、「アデュカマヌブ」というアルツハイマー病の進行に、本格的な変化をもたらす可能性を秘めた新薬が日本でも申請され、大きな期待が寄せられている。

 しかし現実的には、依然として「アリ×××」のように、激しい下痢や食欲不振をもたらす副作用がある薬が処方される場合のほうが多い。近くにある地域住民には評判のいい医院では、いまだに認知症当事者に「アリ×××」を投与していると聞く。実際、3年前わたしが関わったケースでも、「ぐるり」の常連客(当時89歳・男性、認知症と判定)に例の医者が「アリ×××」を処方。それが原因(だと推測)で下痢による衰弱が激しく、介護(私にその義務はないのだが、家族が責任を放棄したため)に苦労した経験がある。そのとき同席した社協のCSW(コミュニティ・ソーシャル・ワーカー)に、「地域の担当医なので、文句はいえない」と泣かれた。運動と認知症との因果関係は不明だが、マッスル体操常連客のなかに普段見せない笑顔を見せることがあるというのは、主催者としてうれしい限りである。

リコーダーで「インナー・マッスル」健康法 マッスル体操を実施している「ぐるり」の前を、見たことのある高齢者が通りかかることが多い。いずれもかつての「ぐるり」の常連客で、当時は全員元気な姿を見せていた。現在の姿は元気なころの面影さえない。歩行困難で、歩く速度が極端に遅い。話しかけても恐ろしく反応が鈍く、表情に乏しい。不思議に思うのだが、こうなることがわかっていて運動(ウォーキング、体操など)する機会を放棄したとしか思えない。自らの意志で車椅子になることを望む人などいないだろう。自家用車はたしかに便利だが、便利な物からは必ずしっぺ返しがくる。人間二足歩行が基本の哺乳類だ。歩行困難になり、いわゆる日常生活を維持できなくなるのはまさしく「自己責任」だ。車椅子の生活から、やがて本格的に寝たきりになる…。悪夢である。ただ息をしているだけの余生なんてまっぴら御免。納得できる人生を送ることができればそれで十分。「人生100歳時代」? 国のいう指針に惑わされることなかれ!

 追伸、「マッスル倶楽部」に「マッスル音楽隊」を加えた。私が実行しているリコーダーの演奏を、参加者にも吹いてもらう。肺機能が活性化されるからだ。これも「インナー・マッスル」健康法の1つだと勝手に解釈している。演奏の中身なんてどうでもいい。そのうち合奏ができるかもしれない。そうなったら楽しいじゃありませんか。

(了)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第105回・前)
(第106回・1)

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