【鮫島浩・特別寄稿/2022政界徹底解読】ポイントは「安倍・麻生」盟友関係の軋み 二大キングメーカーの狭間で岸田政権長期化も(後)
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ジャーナリスト 鮫島 浩 氏
自民党は昨年の衆院選目前、菅義偉首相を引きずり下ろして岸田文雄首相にすげ替える「疑似政権交代」を演出して圧勝し、自公連立政権を維持した。立憲民主党は共産党などとの「野党共闘」で対抗したものの惨敗し、枝野幸男代表が辞任して47歳の泉健太氏が新代表に就いた。第三極の日本維新の会は衆院第三党に躍進し、立憲民主党に蹴落として野党第一党の座をうかがう勢い――与野党トップが入れ替わった日本政界。第二次安倍政権が発足して以来の大きな地殻変動が進行しつつある。今夏の参院選に向けて政局はどう動くのか。ここに至る流れを総括し、今後の行方を展望する。
(前編はこちら)清和会に対抗する「大宏池会」
麻生氏は大久保利通を高祖父、吉田茂を祖父、寛仁親王妃を妹に持つ名家出身で、血筋に強烈な誇りをもっている。ところが政界入り後に属した老舗派閥・宏池会で冷遇され続けた。大平正芳や宮沢喜一ら戦後日本のハト派を代表する首相を輩出し官僚出身のエリートがひしめくお公家集団で、タカ派的な言動を繰り返す麻生氏の存在はどうみても浮いていた。筆者は麻生氏から「冷や飯の食い方は俺に聞いてくれ」という言葉を何度か耳にしている。宏池会へのルサンチマンを感じたものだ。
宮沢氏が1998年に外務官僚出身で「宏池会のプリンス」と呼ばれた加藤紘一氏に派閥会長を譲った際、麻生氏は河野洋平氏らと宏池会を飛び出して小グループ「大勇会」を結成する。加藤氏が2000年、清和会の森喜朗内閣の倒閣を目指した「加藤の乱」に敗れて失脚し、宏池会が分裂・衰退するのを横目に、麻生氏は清和会の森首相や小泉純一郎首相に引き立てられて外相や総務相を歴任。2008年には首相に上り詰めた。しかしリーマン・ショックに直撃された上、麻生氏自身の失言で迷走。09年衆院選で民主党に惨敗し、自民党は政権から転落する。
自民党が12年衆院選で安倍氏を担いで政権復帰した後、麻生氏が安倍氏と盟友関係を結びナンバー2として君臨してきたのは先述の通りである。この間に麻生派は清和会(安倍派)に次ぐ第二派閥に急成長した。麻生氏には、安倍氏が首相再登板したのだから自らも再登板しておかしくはないという思いがある。その機会をうかがいつつ安倍氏を支え、安倍首相の権力私物化が問われた森友学園事件や財務省の公文書改竄でも矢面に立ってきた。だが、安倍氏は首相の座に居座り続け、ようやく退陣した20年9月には麻生氏は80歳になっていた。首相再登板への道は非常に険しくなってしまった。
麻生氏が抱くもう1つの野望は「加藤の乱」で分裂・衰退した宏池会の再興である。麻生派(53人)に本家本元の岸田派(43人)と谷垣グループ(26人)を吸収合併し、宏池会を源流とする勢力が再結集する「大宏池会」を結成すれば、清和会(安倍派、95人)に肩を並べる(あるいは上回る)大派閥となる。麻生氏が「大宏池会」会長として、安倍氏と並ぶ(あるいはしのぐ)キングメーカーとして政界に君臨するという野望だ。
麻生氏は岸田氏を総裁選で支持することと引き換えに、岸田派名誉会長だった古賀誠氏と「縁切り」させた。そのうえで岸田政権を誕生させて自らは副総裁に就任し、麻生派と岸田派の求心力を高めて大宏池会結成に動く意向だ。「ポスト岸田」の有力候補として林氏を引き立てたのも、清和会時代から大宏池会時代への移行を狙う布石である。
この動きに最も神経を尖らせているのは、清和会を率いる安倍氏だ。麻生氏が大宏池会結成を急げば安倍氏との関係は一気に冷え込み、政局が緊迫する。とはいえ、高齢の麻生氏に残された時間は多くない。「安倍政権を長く支えてきた以上、岸田政権では俺の好きにさせてもらう」という思いもあろう。両氏の利害は重ならなくなっている。盟友関係が再構築される可能性は低い。これが岸田政権の行方にどう影響するのか。
「ポスト岸田」レースの行方
結論からいうと、今夏の参院選前に岸田内閣の支持率が低迷しても「岸田おろし」の動きが広がる可能性は低いと筆者はみている。参院選前に「ポスト岸田」を選ぶ総裁選を行う場合、任期満了にともなう21年総裁選のフルスペック型ではなく、国会議員だけが投票する臨時総裁選となる。参院選は「政権選択の選挙」ではなく「守りの選挙」で過半数を維持できれば十分という空気も広がる。新首相は派閥の論理で選ばれる公算が高い。最大派閥を率いる安倍氏と大宏池会結成を目論む麻生氏の二大キングメーカーの話し合いで決まる公算が極めて高く、国民的人気を頼みとする河野氏は極めて不利だ。
安倍氏が推すのは自らの岩盤支持層が熱狂的に支持する高市氏だ。しかし福田氏をはじめ安倍派が高市氏で結束する保証はない。ゴリ押しすれば安倍派に亀裂が走る恐れもある。安倍氏の足元は思うほど強くはない。麻生氏が担ぐ対抗馬は岸田派ナンバー2の林氏しかいない。岸田氏から林氏へバトンタッチすれば大宏池会構想に弾みがつき、麻生氏は安倍氏をしのぐ政界随一の実力者として君臨できる。もっとも林氏擁立をゴリ押しすれば安倍氏との対立は決定的になる。安倍氏と妥協か、決別か。重大な政治判断となろう。
両氏が決別すれば高市氏と林氏の事実上の一騎打ちとなる。この場合は林氏が有利だ。逆に決別を回避する場合は高市氏と林氏の双方をおろし、第三の候補で手を握ることになる。最有力候補は、両氏と良好な関係を維持し、麻生派と並ぶ第二派閥・平成研究会を受け継いだ茂木幹事長である。安倍派、麻生派、茂木派の主要3派が結束すれば茂木氏の勝利は揺るがない。だが、安倍氏と麻生氏が決別を避けるのなら、あえて総裁選を実施しなくても、このまま岸田政権を継続させる方が盟友関係の「軋み」を覆い隠すことができる。岸田内閣の支持率が多少下がる程度では両氏とも「岸田おろし」を抑え込もうとするだろう。
岸田政権で参院選に突入した場合、野党の非力に救われて自民党の大敗さえ回避すれば岸田政権は継続し、安倍・麻生両氏の微妙なバランスのもとで長期化する可能性が出てくる。参院選後はしばらく国政選挙がないことも岸田政権には幸運だ。そのなかで麻生氏は大宏池会結成と林氏への政権移譲のタイミングをうかがう。このバトンタッチが円滑に進み、林氏が本格的な宏池会政権を樹立した場合、小泉政権以降の清和会支配は幕を閉じ、宏池会時代へ移行する「自民党内の疑似政権交代」が久しぶりに実現する。
窮地に立つ野党第一党・立憲民主党
清和会から宏池会への権力移行で最も割を食うのは、野党第一党の立憲民主党である。宏池会が伝統的に掲げる「分配重視」の経済政策で対立軸がぼやけるからだ。一方、競争重視の新自由主義を鮮明にする日本維新の会は対立軸が鮮明になる。昨年9月の衆院選で立憲が惨敗して維新が躍進したのは、自民党内の疑似政権交代の余波とみることもできよう。
立憲民主党の源流である民主党は、政権交代可能な二大政党政治を目指して小選挙区制度を導入した1990年代の政治改革によって、「共産をのぞく非自民勢力」をいわば強制的に結集させた政党であった。その内実はさまざまな政治信条を持つ議員の「寄り合い所帯」だったが、政権交代という唯一の目標のもとに結束し、「自民か民主か」という二者択一の消去法を有権者に迫ることで急成長を遂げてきた。
民主党の選挙戦略は自民党との対立軸をあえて減らし、政権交代への警戒感を薄めて「自民批判票」を糾合することであった。これは2009年衆院選で結実し、民主党は政権交代を実現させた。しかし民主党政権は小沢一郎氏と菅直人氏の党内抗争で迷走し、国民の期待は急速に萎んだ。民主党政権はわずか3年余で終焉し、自民党の政権復帰を許したのである。安倍政権は「民主党政権の悪夢」を強調するだけで衆参選挙に6連勝。09年衆院選の投票率が69%だったのに対し、その後の衆院選投票率は50%台に低迷して組織票に勝る自公政権が圧勝したことは、「自民か民主か」の二者択一の消去法の政治が有権者から見放されたことを物語る。
17年衆院選で前原誠司氏が率いる民進党(民主党の後進)が小池百合子東京都知事が立ち上げた希望の党に合流して自民党に挑んだのは「非自民勢力の結集」を目指す二大政党政治の最後の挑戦だった。希望の党は惨敗し、小池氏に排除された枝野氏の立憲民主党が野党第一党に躍り出たが、国民民主党と合流した後はまたしても「寄り合い所帯」の印象が強まり、急速に輝きを失った。
デジタル化で価値観が多様化した現代の有権者は、二者択一の消去法を迫る二大政党政治に飽き飽きしている。立憲民主党が執行部を刷新しても「非自民勢力の結集」である限り党勢拡大は困難だろう。新自由主義を鮮明に掲げる維新が台頭し、超積極財政による弱者保護を打ち出すれいわ新選組が衆院進出をはたしたことは、二大政党政治の終焉を印象づける。今夏の参院選でこれら第三極はより独自色を強め、比例区や複数区で議席を伸ばすだろう。その煽りを最も受けるのは野党第一党の立憲民主党に違いない。参院選後は二大政党制から多党制の時代へ本格突入する可能性が高く、岸田政権を延命させる要因となろう。
<プロフィール>
鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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