2024年11月23日( 土 )

「家族神話」の崩壊(後)

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大さんのシニアリポート第107回

サロン幸福亭ぐるり    「子は親に対して扶養の義務はある」しかし、「(自分の)生活を犠牲にしてまで面倒をみる必要はない」とすると、「ぐるり」でおきた事例の場合、民法上なら「棄老には相当しない」ことになる。「面倒をみる義務は生じるが、それが子の生活に影響を及ぼすと子が判断した場合には、親を扶養する義務から解放される場合がある」となると、親の介護を少しでも負担に感じている子は、施設への入所を強く望む。「高齢者介護の社会化について合意が形成しやすい」ことはこのことを指すのだろう。「ぐるり」でおきた「棄老事件」でも、長男は施設への入所を切望し、最終的には長男の希望どおりになった。こうすることで「施設への入所」が親に対する最低限の責任遂行であり、免罪符の役割をはたすことにもなりかねない。

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 「僕たちはもはや、血がつながって同居をしている人間だけを家族と呼んではいません。同性婚やシェアハウスも含めた様々な家族の形態が広がっています。この拡張性を根っこで支えているのは家族の持つ偶然性だと僕は考えます」「たとえば僕の両親にとって、生まれた子どもが僕であったことは偶然です。(中略)つまり親は、どんな子が生まれてくるかは分からずに新メンバーをつくっているのです」「よく『子は親を選べない』と言いますが、哲学的には『親は子を選べない』ことの方が重要です」(朝日新聞 2022年1月8日「家族って何だろう」)と批評家の東 浩紀さんが述べている。

 親を選べないという視点から考えると、「親ガチャ」という言葉が浮かんでくる。お金を入れてレバーを回すと、カプセルに入った景品が出てくる装置を通称「ガチャガチャ」と呼んでいる。何が出てくるのかわからないドキドキ感がある。これと似て、「親ガチャ」とは、「子どもは親を選んでこの世に生まれてくることができない」。つまり、「親次第で人生が決まってしまう」という人生観を指す。「親ガチャ」に込められている「不平等性」を一種の諦観や運命論的にすり替えてしまう思考が根底にはある。

サロン幸福亭ぐるり    朝日新聞(2021年10月14日)の「親ガチャという『不平等』」のなかで、社会学者の土井隆義さんは、「親ガチャを巡っては、『自分の努力不足を親のせいにするな』という中高年に対し、若い世代は、『分かっていない』と反発しています」といい、努力の認識が世代によって違うことを指摘する。若い世代のなかには、努力する必要性は感じていても、努力が必ずしも報われないことを知っている。その根底にある格差社会の現実を若者は敏感に感じ取っている。「自己責任」「働かざる者は…」という新自由主義的な考えで生き抜いてきた中高年にとって、運命論的に「親ガチャ」を口にする若者に不満を感じるのだろう。貧困や格差社会を生む土壌を作り上げたのが政治や社会であることに気づいても、若者が揃って声を挙げることはしない。

 哲学者の森岡正博さんは、「親ガチャの本質は、格差の消えない現実の社会で、どういうふうに自分の運命と『和解』して生きていくか、にあると思います」「個人の努力で未来を切り拓ける社会にする必要がある。これが、親ガチャ論の不満に対する正しい答えです」(同)と結論づける。しかし、そう簡単に「運命と和解する」ことができないことも若者は知っている。私は「親ガチャ」を唱える若者の多くは、シニカルな視線で社会を見ていると思いたい。こういう戯れた言葉が飛び出すというのは、健全な精神を宿す若者がいるということだ。

 さて、「家族神話」はその存在をバラバラにしながらも、その根っこはしぶとく生き残るだろう。両親を捨てた長男にしても、最後は渋々ながら両親の入居する高齢者施設の契約書にサインした。彼にしてみればこれで家族として最低の役目をはたしたと考えるだろう。「家族神話」は今後も崩壊を加速させる。

(了)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第107回・前)

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