2024年07月16日( 火 )

TSMC熊本新工場建設で加速する九州・山口と台湾の協力(前)

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台北駐福岡経済文化弁事処 処長 陳 銘俊 氏

台北駐福岡経済文化弁事処
処長 陳 銘俊 氏

 2021年10月、台北駐福岡経済文化弁事処(総領事館に相当)の新任の処長(総領事)として陳銘俊氏が着任した。着任の翌月には、以前から報じられていた半導体ファウンドリー大手の台湾TSMC(台湾積体電路製造)が熊本県における工場建設を正式に発表、今後、関連産業の集積や技術者などの移住により台湾との人的往来、経済協力がますます盛んになることが予想される。九州・山口と台湾の交流を含め陳処長に話を聞いた。

深いつながりをもつ九州―台湾

 ──九州での勤務は初めてですが、どのような印象をお持ちですか。

 陳 銘俊氏(以下、陳) 台湾と九州とは非常に強くつながっています。歴史をふりかえると、孫文は九州を訪れ、九州帝国大学、明治専門学校、八幡製鐵所、熊本城、西郷隆盛の墓などをまわっています。1928年の台北帝国大学の設置以前、台湾の学生は日本に学びにきており、多くの学生が九州大学で学びました。現代では、李登輝元総統、頼清徳副総統などのほか、民進党の将来の総統候補の1人である鄭文燦桃園市長は新婚旅行で九州を訪れているほどです。

 九州からも多くの人が台湾にわたっています。日本統治時代の歴代総督には九州・山口出身者が最も多く、初代の樺山資紀が鹿児島、児玉源太郎が山口、明石元二郎が福岡出身であるほか、西郷隆盛の子の菊次郎は宜蘭庁長を務めました。日本統治時代に、九州の建築家、技術者たちが台湾で総督府(現・総統府)やダムなどを建造し、鉄道を敷設するなど、多くの功績と足跡を残しています。今の若い人たちに、これらの歴史をもっと教える必要があると思っています。

 日本は文化面でも技術面でも優れた非常にすばらしい国です。世界で正々堂々と胸を張り、誇りをもってほしいと思います。私は東部の花蓮県出身であり、子どものころ、台風で橋が壊れたとき、父が「新しい橋は壊れたのに、日本統治時代の橋は頑丈で壊れていない」といい、子どもながらにすごいと感じたことをよく覚えています。成人し電気製品を買えるようになってからは日本製品を好んで購入するようになりました。1995年に初めて日本で購入した製品はいまなお使えるほどです。日本人の匠精神には心から敬服します。

 多くの台湾人が最も好意を抱いている国は日本です。なかでも台湾に最も近く、関係が深いのが九州であり、赴任できて大変嬉しく思っています。私は外交官出身で総統府の機要室長を務めた後、今回の赴任に際して海外勤務の場所について、家族会議ではほぼ全員一致で「日本、福岡がいい」ということになりました。来日時の空港での職員の対応も非常に親切であり、改めて九州の人の優しさ、厚い人情に感動しました。食べ物もおいしいです。

 九州・山口の市民の皆さまに同じように台湾に好意を抱いてもらえるよう努めるのが私の使命だと思っています。

文化から経済まで万遍なく協力を

 ──九州・山口と台湾の相互理解を深めるため、どのような取り組みを行いますか。

 陳 幅広い分野で万遍なく協力を進めていきます。新型コロナウイルス感染症以前、毎年台湾からは4~5人に1人が日本にきており、日本からは約200万人が台湾に行っていました。現在はあいにくコロナのため往来が制限されていますが、今後、満遍なく交流を行えればと思っています。

 九州は従来日本の国際交流の玄関としての役割をはたしています。九州の市民の皆さまに台湾をより身近に感じてもらい、日本・九州と台湾の関係を持続的なものとすることが私の責務です。私は機要室長として総統の近くで勤務しており、政府各部門のトップと親しくしています。その人脈を九州での仕事に活用し、台湾側のカウンターパートを紹介するなどして、日台の架け橋としての役割をはたしていきたいと思います。

 文化交流は双方の相互理解を深めるのみならず、国際化も促します。以前東京の代表処での勤務時代に、日台の博物館交流、台湾での大相撲巡業、歌舞伎公演、宝塚歌劇団公演に携わりました。九州・山口の重要な文物を台湾で展示させてもらったり、故宮博物館などの台湾の文物をこちらで展示させてもらったりできればと思っています。

 日台の報道関係者の相互駐在、学校間の交流なども有意義だと思います。小中高校に無料で台湾人の講師を派遣し、日本・九州と台湾の関係について特別授業を行ったり、台湾側の交流先を紹介したりできます。当処の職員も講師を務めており、好評をいただいています。ほかの言語を話す人と会うことは、その言語の学習上、プラスになります。交流の増進のみならず、日本人の学生の国際感覚を磨くうえでも意義があるでしょう。私自身、相手の文化を知りたい、言語を習いたいという好奇心を強くもち、私はヘブライ語、ベトナム語、タイ語、インドネシア語、スペイン語、フランス語、広東語、客家語などを勉強してきました。

 スポーツ交流では、来年、福岡県、大分県、熊本県でツール・ド・九州2023が開催されます。台湾は自転車愛好者が多く、ジャイアントなどのメーカーがあるなど関連産業も盛んです。コロナの状況次第ですが、台湾の教育部長(文部科学大臣に相当)には、ツール・ド・九州に台湾から多くの自転車愛好者を連れてきてほしいと提案しています。日本のプロ野球球チームが、台湾の冬は暖かいことを利用して、キャンプを行ったり、台湾のプロチームと親善試合などを行ったりするのもよいと思います。

2021年11月に開催された「台湾フェア in よかど鹿児島」
2021年11月に開催された
「台湾フェア in よかど鹿児島」

    九州・山口の各地での台湾関連の交流イベントを考えています。昨年11月に、(一社)九州台湾商会と鹿児島商工会議所らが鹿児島市で「台湾フェア in よかど鹿児島」を開催し、台湾の食文化、観光情報の発信のほか、商談会も開催しました。本処も後援名義で支援しました。昨年予定していた台湾スマイルフェア(九経連と共催)などはコロナの状況に鑑みて延期しましたが、今年実施できればと思っています。

 経済面でも幅広く交流を進めていきます。赴任に際し、経済部(日本経済産業省に相当)の副大臣に、九州・山口との関係をより強化しようと提案をしました。九州・山口にある台湾と関連のある企業、台湾に投資を希望する企業に対し台湾での投資先を紹介するなどマッチングも積極的に行いたいと思っています。

 農業・食品、環境保全などでも協力できます。農業・食品分野では、ある九州・山口の企業から、台湾の果物を日本で栽培しようとの打診を受けています。台湾からも技術を投入し、九州で温室栽培することが可能なようです。また台湾の菓子メーカーと協力して、台湾にゆかりのある鄭成功の出身地である平戸市のお菓子を基に、台湾の果物の味がするお菓子など、ユニークな商品を開発できるのではないかと話をしています。

 現在、台湾カステラなどが日本でも受け入れられていますが、さらに普及させるため、赴任前から台湾の企業に日本での出店を呼び掛けるなどしています。多くの台湾企業が日本に投資し、食の面で交流が深まるのは、双方の人々の幸福にもつながると思います。

(つづく)

【茅野 雅弘】


<プロフィール>
陳 銘俊
(ちん めいしゅん)
1964年台湾花蓮県生まれ。中国文化大学韓国語学科を卒業後、台湾外交部入り。台北駐日代表補佐官や台北駐ボストン経済文化弁事処副処長(副総領事)、総統府機要室長などを歴任。2021年10月に台北駐福岡経済文化弁事処処長(総領事)に着任。慶應義塾大学、大阪外国語大学(博士)に留学、カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学客員研究員を歴任。趣味は語学研究で、台湾の原住民語からアジア、ヨーロッパの言語まで10数言語を操る。

(後)

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