2024年12月22日( 日 )

2022年 岸田内閣で日本は「安い国」から脱却できるのか?(後)

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京都大学大学院教授 藤井 聡 氏

 岸田文雄首相は「所得倍増」を目指すことを軸にして公約をつくり上げ、それで選挙に打って出て戦い、勝利した。「所得倍増」というビジョンはこれまで池田勇人首相(58-60代/1960~64年)が昭和時代に主張して、それを実現させたのが有名だが、それ以降でこの言葉をハッキリと使って総理大臣になったのは岸田さんが初めてである。これは画期的なことだ。

プライマリーバランス規律の凍結が日本を救う

藤井聡・京都大学大学院工学研究科教授
藤井 聡
京都大学大学院工学研究科教授

    なお、現在の岸田政権における与党政務調査会長を務めている高市早苗氏は、これまでの政権運営において財政政策が少なかった旨を明確に指摘している。高市氏は、岸田氏が勝利した総裁選に候補者の1人として出馬した。その際に主張していたのが、「安倍内閣におけるアベノミクスが成功しなかったのは、財政政策が十分できなかったからだ。だから、アベノミクスをベースとした『サナエノミクス』では財政規律を凍結して、日本経済がしっかり成長するまで国債をしっかり発行して財源を調達し、徹底的に財政拡大を図っていく」ということだった。高市氏は総裁選に敗れはしたものの、その政治信条を一切変えていない旨を、政調会長となった後に表明している。

 高市氏が言及した「財政規律」というのは要するに、政府が国債を発行する際の制約を意味しており、具体的には「プライマリーバランス規律」というものだ。すなわち、今の日本政府は国債発行(借金)の金額について上限を設けており、この上限制約のために政府はしっかり国民のためにおカネを使えないという状態になっているわけだ。安倍内閣はこの財政規律を堅持し続けた内閣だった。従って、政府活動を活性化するために消費税を増税して財源を調達しようとしたのであるが、それが徒(あだ)となってデフレ脱却に失敗したのである。つまり、安倍氏がアベノミクスの財政政策をしっかりできなかったのは、プライマリーバランス規律という財政規律があったからなのである。高市氏はそのことをしっかりと理解し、だからこそ、「経済の調子がよくなるまで、プライマリーバランス規律を凍結します」と宣言したのである。こうした高市氏が政調会長であることは、日本経済の未来にとっては明るい要素の1つである。

 しかし懸念事項ももちろん存在する。第一に、その高市氏ですら消費減税については踏み込んで発言していないという点である。消費税率を据え置いたうえでも財政規律を解除して、消費増税の悪影響をすべて吹き飛ばすほどの大型財政政策を展開すれば、日本経済を成長軌道に乗せることも決して不可能ではない。ただし、財政規律にこだわり続けた財政当局(財務省)が、そうした大型財政の持続を許容するか否かははなはだ疑問だ。

 そして第二に、仮に高市政調会長がそうした財政政策の展開を企図したとしても、総理総裁の岸田氏がそれを是認しなければ、日本経済を再生させるための財政政策が遂行されることは万に1つもない。その意味においてやはり、岸田首相の判断こそ日本経済が再生されるか否かのカギとなっているわけである。

プライマリーバランス規律にこだわる限り、明るい未来は来ない

岸田文雄首相
岸田文雄首相

    この点について岸田首相は、「〈国難〉に至ってまでプライマリーバランス規律を気にして国債発行額に制限を加えてしまうのは愚の骨頂だ。そんなことをしていれば日本は潰れてしまう。だから、コロナ禍で大変な現在の国難にあたって、プライアリーバランス規律は凍結しなきゃいけない」という主旨を明言している。これは大変にすばらしい発言だ。だがそれと同時に、長期的には財政再建をやらなきゃいけないとも明言されている。

 理論的にいえば、財政の再建なるものは経済が再建されなければ絶対にあり得ないので、高市さんがおっしゃったように、完全に経済の調子が良くなって経済が再建されるまでは財政再建のために予算の切り詰めだとか消費税増税だとかは絶対にやらないということが本来必要なのだ。

 それにも関わらず岸田氏は、国難のときには財政規律を凍結するとはいうものの、いったい何が国難なのかをしっかり名言してはいない。少なくとも、今のコロナ禍が岸田さんにとっての国難だということは考えられるが、本来ならば1997年の消費増税によるデフレもまた日本にとって未曾有の国難と本来言わねばならず、岸田氏にそうした認識は不在であるように思われる。

 さらにいうと、首都直下型地震が起これば800兆円レベル、南海トラフ地震が起これば1,400兆円レベルの経済被害が生ずるとも言われているから、これもまた来たるべき国難だ。尖閣問題を含めた台湾有事にしても、さらには北朝鮮有事についても国難というものになる。

 だから、こうした国難に対するさまざまな政府の取り組みにおいても、財政規律を気にしていてはダメなはずだ。たとえば、プライマリーバランス規律によって国債発行額の制約を考える場合でも、そういった将来起こり得る国難についての危機対応についての支出は制約から除外することが必要なはずだ。そうした国難対策が財政規律によって滞ってしまっては、日本という国そのものが根底から瓦解してしまのだ。だから、そういう国難対策は財政規律ではなく純粋に、その対策の必要性に基づいてその内容を検討すべきなのである。

 もしも岸田氏が、このようなものも含めて幅広く、そして正しく国難というものを認識しているのなら、岸田氏の所得倍増計画は確実に成功するだろう。しかし、岸田さんの認識のなかで、長引くデフレ不況やさまざまな有事を国難と認識しないのであれば、ある程度コロナ対策をやってからは再び、これまでの古い自民党政治に戻ることになろう。財政規律を重視して政府支出を削り、早晩消費税の値上げなどを行うことになり、日本経済はこれまで通りに世界のなかで唯一成長せず低迷し、ますます「安い」とならざるを得ないということだ。

(了)


<プロフィール>
藤井 聡
(ふじい さとし)
1968年 奈良県生駒市生まれ。大阪教育大学教育学部附属高校平野校舎を経て、京都大学工学部土木工学科卒業。1993年 京都大学大学院工学研究科修士課程土木工学専攻修了。93年 京都大学工学部助手。98年 京都大学博士(工学)取得。2000年 京都大学大学院工学研究科助教授。02年 東京工業大学大学院理工学研究科助教授。06年 東京工業大学大学院理工学研究科教授。09年 京都大学大学院工学研究科(都市社会工学専攻)教授。11年 京都大学レジリエンス研究ユニット長。12年 京都大学理事補。同年 内閣官房参与。18年 『表現者クライテリオン』編集長。

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