2024年11月25日( 月 )

西武HDの「コロナ敗戦」、所有と運営を分離(4)

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 西武ホールディングスは鉄道大手のなかで、新型コロナウイルスの影響を最も受けた私鉄の一つで、2020年、21年の2年間、コロナ禍で塗炭の苦しみを味わった。日本最大級のホテルチェーン、プリンスホテルの宿泊需要が“蒸発”してしまったからだ。同社は「コロナ敗戦」による事業の再構築を図るべく、プリンスホテルやレジャー施設を売却し、「所有」と「運営」を分離する。

安倍元首相の「応援団」が助っ人に

 TOBを実施したサーベラスは中央突破をはかる。後藤社長の交代を求め、次期社長に五味廣文氏を擁立する。五味氏は98年、金融監督庁(現・金融庁)の業務の中枢である検査部長に就いて以来、検査局長、監督局長を歴任、04年7月に金融庁長官に就任。07年7月、金融庁顧問に退くまで、金融庁は「五味王国」と陰口を叩かれた。

 対する西武HDの後藤高志社長のもとには、安倍晋三首相の応援団が助っ人に駆けつけた。後藤氏は、成蹊学園OBのみの安倍晋三後援会「晋成会」会長だ。安倍氏は、成蹊小学・中学・高校・大学(法学部政治学科)と生粋の成蹊マンだ。後藤氏は成蹊中学・高校を経て東京大学経済学部に進んだ。安倍政権のスポークスマンである菅義偉官房長官が、サーベラスのTOBについて「(西武HDは)地域の交通移送の役割をはたし、(保有するプロ野球)球団にも多くのファンがいる。できればあまりに先鋭的なかたちにならないよう解決することが望ましい」とする談話を発表した。一民間企業のM&Aに、政府が口を挟むのは極めて異例なことだ。さらにサーベラスへの対抗策について助言を与える有識者会議には、安倍首相の経済指南を務めるJR東海(東海旅客鉄道(株))の葛西敬之会長や富士フイルムホールディングス(株)の古森重隆会長が馳せ参じた(肩書はいずれも13年当時)。

 安倍政権の後ろ盾を得たことも影響し、サーベラスのTOBは成立しなかった。経営陣が主導して14年4月に西武HDは再上場をはたす。サーベラスは17年に西武HDの株式をすべて売却して日本から撤退した。サーベラスを撃退した後藤氏は「逆境に強い男」という評価を得た。後藤氏とともにサーベラスと戦った関根正裕氏は18年、政府系金融機関、(株)商工中金の社長に就任した。金融界は仰天したが、安倍官邸が主導した抜擢人事だった。

「西武王国」の象徴、赤プリ解体

東京ガーデンテラス紀尾井町 イメージ    後藤氏の西武HDにおける最大の仕事は、創業家の堤家と縁を切ったことである。西武グループの元総帥・堤義明氏は16年に、直接・間接に保有していた西武HD株をすべて手放し、西武から堤家が消滅した。堤家との決別を象徴するのが「赤プリ」の解体である。

 東京・紀尾井町の旧赤坂プリンスホテルは、「赤プリ」の愛称で親しまれてきた。

 赤プリは1955年、衆院議長も務めた西武グループの総帥・故堤康次郎氏が旧朝鮮王室邸を買い取り開業した。長年、ここを拠点に置いてきたのが自民党最大派閥の清和政策研究会だ。派閥創設者の故福田赳夫元首相が康次郎氏と親しかったことから、割安で事務所の提供を受けたという。

 1979年に福田元首相が「清和会」を結成して以来、赤プリ内に事務所を設置。森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫(福田赳夫氏の長男)各氏を4代連続で首相に輩出。野党に転落した自民党は政権を奪取、清和会の安倍晋三氏が首相に帰り咲いた。

 田中角栄、福田赳夫元首相の「角福戦争」の派閥全盛時代に、赤プリは国会にちかいため、数々の権力闘争の舞台になった。

 福田赳夫氏が、堤義明氏の媒酌人を務めた関係から、堤氏は清和会の資金パトロンだった。87年の竹下登、安倍晋太郎(安倍晋三首相の父)、宮沢喜一の3氏による中曽根康弘元首相による後継争いのとき、堤氏は安倍氏の後ろ盾として活躍。堤氏の全盛時代だった。

 堤氏そのものといえる赤プリの跡地に、「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」を開業するのを機に、西武は堤家との関係を断った。創業者の堤康次郎氏が、末永く堤家が支配することを目指した「西武王国」の幕引きを後藤高志氏が行った。

「赤プリ」跡地の複合ビルにコロナ禍直撃

 西武HDは16年7月、赤プリ(旧・赤坂プリンスホテル)跡地を再開発した複合ビル「東京ガーデンテラス紀尾井町」を全面開業した。

 目玉は傘下のプリンスホテルで最高級とする「ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町」。最上部の30~36階で客室は250室に抑えた。客室数は旧赤プリの3分の1に減らして最も小さい部屋でも36m2という広さを確保している。総投資額は過去最大となる1,040億円。年間の総利益(粗利)は100億円と、赤プリの5倍の水準を想定した。

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 20年の東京オリンピック・パラリンピック開催を機に、欧米やアジアから来日する富裕層の需要を見込み、宿泊客に占める外国人の比率は70%を目指した。しかし、コロナの直撃を受けて、インバウンド(訪日観光客)需要は蒸発。事業計画が狂った。

 後藤社長は経営立て直しのため、アセットライト(資産売却戦略)を掲げ、ホテルの「所有」と「運営」を分離した。

 安倍晋三元首相の“オトモダチ”である後藤高志氏は向かうところ敵なしだ。創業家の堤家とは縁が切れた。口うるさいサーベラスは去った。メインバンクのみずほ銀行は、多発するシステム障害で足元に火がついて、西武HDの人事に介入するどころではない。

 後藤高志氏は、堤義明氏に代わる西武HDの“ドン”として、「終身社長」との観測も流れている。座右の銘「疾風に勁草を知る」の賜物といえるのかもしれない。

(了)

【森村 和男】

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