2024年09月14日( 土 )

【西田亮介】若者が自民党に投票するのは“当たり前”(後)

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東京工業大学准教授
西田 亮介 氏

若者が自民党に投票するのは“当たり前”

東京工業大学准教授 西田 亮介 氏
東京工業大学准教授
西田 亮介 氏

    このように述べたうえであえて若年世代に目を向けてみたい。一般に、若い世代は既存の利益関係に強く組み込まれておらず、組織化もなされていない。学生運動退潮後は、なおさらその傾向が強い。賃上げや職場の環境改善、業界の利益もそれほど切実には捉えることはできないはずだ。労働組合が「正社員の既得権益クラブ」とみなされてしまっていることも無関係ではあるまい。年長世代は違う。政治や規制の在り方が業界、ひいては個社に影響するということへの理解が進んでいるはずだ。コロナ禍とそれにともなう行政を経験しただけになおさらだろう。

 政治変革の現実味や期待感も若い世代ほど乏しいはずだ。20代はいうまでもなく、30代ですら1990年代の政権交代を記憶している世代は少数派のはずだ。筆者も30代末に位置するが、経験的な記憶は乏しくもっぱら知識として知ったものが大半だ。90年代はいうにおよばず、2000年代当時の民主党政権による政権交代ですらかなり怪しい。09年に悲願の政権交代にこぎつけた民主党だが、2000年代を通じて実力と期待をじりじりと引き上げてきた。久方ぶりの非自民政権への期待ということで、当時20代だった筆者もそうだが若い世代を含めて大いに期待したものだ。

 しかし現実は厳しく、運も味方しなかった。マニフェストの政策は事前に懸念された通り財源不足で実現のメドが立たなかった。統治の経験を自民党が独占してきただけにやむを得ないともいえるが、混乱は長引き、普天間問題でピークに達した。10年の参院選で再び衆参の第一党が異なり、民主党が政権奪取の足がかりとしたようにハンドリングが難しいねじれ国会に戻ってしまった。そこに追い打ちをかけたのが、東日本大震災であり、福島第一原発事故だった。未曾有の複合危機であり、どの政権であっても混乱しただろうが、目の前にあったのは統治に不慣れな、しかもねじれ国会と支持低下に苦しむ民主党政権だった。人々はそれを見てしまったのである。

 12年に第2次安倍政権が誕生し、それから7年8カ月の歴代最長政権となった。その内実もいつの間にか「三本の矢」から「1億総活躍」を経て、最後は「Society5.0」へと相当程度変貌を遂げてしまったが、それらを「アベノミクス」と称してわかりやすく若年世代に提示した。円安誘導を通じて株価を引き上げ、完全失業率、自殺率を大幅に引き下げた。景気の腰折れを招く消費税率の引き上げも2回行うなど、中途半端さであったり実質については批判が多々なされているが、その「成果」はいずれもわかりやすいもので、また多くの生活者の利益に叶うものであった。

強い野党は誕生するか

 ここで冒頭の問いに再び立ち戻ってみたい。野党はこの間、自民党を上回る魅力や夢、利益を説得力と信頼感をもって若い世代に訴えかけてきただろうか。事態はいっそう難しくなり、コミュニケーションのコストはさらに高くなった。近年の実証研究は、政治をめぐる用語の受け止められ方の変化を示唆する。かつて「保守」は自民党を意味し、「革新」は左派政党、野党を意味するものと考えられてきたが、若年世代にはそうした「常識」が通用せず、保守は野党政党を意味し、革新は維新などを指す。非常識を指摘するのは易いが、現実を直視する必要もあるだろう。イデオロギーに基づく古い政治の常識が失効したともいえる。政権交代に対する期待感はすっかり過去のものになり、若年世代には通用しがたいか、むしろ第2次安倍政権以後の自民党政権を所与のものとする世代が増えてきたはずだ。

 野党第一党の立憲民主党も揺らいでいる。衆院選の結果を受けて、新生党として再出発して初めての代表選が行われた。先行した自民党総裁選と同じく4人の候補者が戦ったが、激論には程遠いものだった。ここまで中核であったはずの共産党との連携についても軒並み見直しが言及され、論戦というより相互補完的な意見の開陳で、結果的には数の論理で結果が決まったように見えてしまう。執行部の男女数をそろえるなど好ましい取り組みも見られるが、新代表になってからも顕著な支持向上は現状認められない。

 ここまで本稿ではこの間の社会と政治を簡潔に振り返ってきたことになるが、はたして、若年世代が自民党支持傾向にあることがそれほど不思議なことだろうか。もちろん自民党政権、しかも長期政権によって政治システム内の緊張関係は弛緩している。これを引き締めるという観点でもたしかに政権担当能力をもっていると思える、強い野党が重要であることは疑いえない。小選挙区比例代表並立制導入が間違いのもとだという論調も見受けられるが、政治とカネの問題への対処が重要な理由であった。野党が強くならず二大政党制に近づかない、という理由で中選挙区制に戻すべきという議論には慎重であるべきにも思われる。それでもやはり、このような難しい局面を打開できる力をもった強い野党の出現を期待してしまうが、ここまで来るとそれはもはや一朝一夕のことでなくても構わない。しっかり骨のある理念と政策を練り上げてほしい。

(了)


<プロフィール>
西田 亮介(にしだ りょうすけ)

東京工業大学准教授。博士(政策・メディア)。1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同助教、(独)中小機構リサーチャー、立命館大特別招聘准教授などを経て現職。専門は社会学。『メディアと自民党』『マーケティング化する民主主義』『無業社会』など著書多数。その他、総務省有識者会議、行政、コメンテーターなどでメディアの実務に広く携わる。

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