ウクライナ危機をきっかけに過熱する宇宙戦争
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NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
今回は、4月15日付の記事を紹介する。ウクライナ情勢が風雲急を告げるなか、4月12日、プーチン大統領はベラルーシのルカシェンコ大統領とともに極東ロシアのボストチヌイ宇宙基地に姿を見せました。日本での報道では「プーチンもルカシェンコもウクライナへの軍事侵攻を正当化する発言ばかりが目立った」とか、プーチン大統領は「ロシア軍によるブチャでの殺戮などはありえない。シリアでの化学兵器を使ったというフェイクニュースと同じだ」との発言があったとのことですが、実際にはより広範な問題が議論された模様です。
というのは、そもそも両国の大統領が極東までわざわざ出かけたのは、その日が「世界宇宙飛行の日」だったからです。1961年のこの日、ソ連の「ボストーク1号」が有人宇宙船としては世界初の記録を達成したことを記念する意味がありました。搭乗者ガガーリン少佐の「地球は青かった」の一言が世界を驚嘆させたものです。そのため、毎年4月12日には世界各地で宇宙飛行に関するイベントや国際会議が開かれてきました。
実は、プーチン大統領は長年にわたり、「宇宙強国」を目指しています。というのも、地上での戦闘を有利に進めるうえでも、宇宙からの情報収集や攻撃は圧倒的な威力を発揮する可能性を秘めているからです。そもそも宇宙飛行に関してはロシアのほうがアメリカより10年先を行っていました。ケネディ大統領が「人類初の月面着陸を目指す」との宣言を行ったのも、後塵を拝していたアメリカの宇宙開発を飛躍させるためだったわけです。
いずれにせよ、現在進行中のウクライナ戦争においても、イーロン・マスク氏の経営する「スペースX」が運営する「スターリンク」が提供する衛星情報によって、ウクライナ軍はロシア軍の動きを正確に把握し、地上戦を有利に展開しています。プーチン大統領は忸怩たる思いに駆られているに違いありません。
とはいえ、冷戦時代から最近までロシアとアメリカは「国際宇宙ステーション」(ISS)の建設や運営管理においては協力してきた歴史があります。今回、ウクライナ危機が発生した当初も、ISSに滞在していたアメリカの宇宙飛行士は地球に帰還するためにロシアの宇宙船に搭乗したものです。「地上の対立や戦争を宇宙には持ち込まない」という発想でした。
しかし、ウクライナでの大量虐殺が明らかになるにつれ、アメリカはロシアとの宇宙協力を中止する方向に舵を切ったようです。そこで、ロシアは自前の宇宙ステーションを2025年までに完成させ、アメリカと本格的に袂を分かつ決断を下しました。ロシアとすれば、「売られたケンカは買わねばならぬ」ということでしょう。
ロシアの宇宙機関「ロスコスモス」のロゴジン社長はプーチン大統領と親しい関係ですが、「ロシアとの協力関係を止めてしまえば、ISSは制御不能に陥り、アメリカかヨーロッパに落下する可能性が出てくる。アメリカにはこれを防ぐことはできない」と、露骨な脅しをかける有り様でした。高度400kmを周回するISSはロシア側の装置からの定期的な噴射によって高度を維持できているからです。
そうした米ロの対立もあり、ロシアは「月での資源開発」を進めるため、この8月には「ルナ25号」をボストチヌイから打ち上げる計画を明らかにしています。そして、今回、ベラルーシの企業や国民にも参加を呼び掛けたのです。プーチン大統領はその第1号の飛行士となるようルカシェンコ大統領に呼びかけました。そうした深慮遠謀を秘めての極東ロシアでのベラルーシとのトップ会談だったのです。
とはいえ、超重量級のルカシェンコ氏ですから、宇宙船に乗り込むためには相当の減量が求められるでしょう。ルカシェンコ大統領曰く「是非、月に行ってみたい。ただ、他にも乗せたいベラルーシ人もいるので、じっくり考えさせてほしい」。
実は、月面探査や資源開発については、アメリカも遅れを挽回したいと予算を計上し、「アルテミス計画」を策定し、2024年には月への飛行を再開し、2025年には月面基地を建設するとのこと。とはいえ、先立つものが不足しているのがアメリカの弱点です。本年5月以降、4人乗りの宇宙船「オリオン」を搭載した新型ロケットを打ち上げる予定になっています。
問題は、1回の打ち上げには5,000億円以上のコストがかかるため、計画の先行きにはすでに黄色信号が灯っていることです。そこで、世界一の大富豪になったマスク氏はNASAの委託を受け、自社の「スペースX」が主導するかたちで「スターシップ」ロケットを開発中と言われ、アメリカ政府はそれによってコストを抑えようと期待しています。
現時点では中国が先行しています。月探査機「嫦娥」(じょうが)4号機は2019年には月の裏側に着陸。2020年には5号機が月の砂や石を持ち帰りました。7号機では精密着陸を目指し、月面基地の建設計画も進めているとのこと。月面探査に関しては中国の動きがアメリカに勝っていることは明らかです。しかも、マスク氏の率いる電気自動車「テスラ」の最大の生産工場は中国にあるため、中国政府はマスク氏から宇宙ロケットの技術を入手しようと動いているとのウワサも絶えません。
要は、これから宇宙を舞台にロシア、アメリカ、中国の動きが活発化することは間違いありません。ヨーロッパも負けてはいません。イギリスでは民間企業が月を周回する通信衛星を開発しており、2024年の打ち上げを準備中。欧州宇宙機関でも独自の月着陸機の開発に取り組んでいます。
また、インドも「宇宙開発レース」に参戦する意向を表明しました。なにしろ、インドは2022年内に日本と協力して、無人探査機を飛ばし、月面での水資源や地下資源の調査を行う計画を進めているほどです。この4月、コロラドで開催された「宇宙シンポジウム」では日本もアメリカと協力して宇宙開発を加速させると表明しました。どのような新たな資源が見つかるにせよ、「資源争奪戦」が地上から宇宙へ拡大することは新たな懸念材料が増えることにもなりそうです。
次号「第291回」もどうぞお楽しみに!
著者:浜田和幸
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