ウクライナ報道に隠れ、ミャンマー国軍の弾圧が苛烈に(3)
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歯科医師
「福岡・ミャンマー友だちの会」代表
松本 敏秀 氏日本政府はロシアのウクライナ侵攻に対し、人道的支援などにアジアではいち早く乗り出した。一方で昨年の軍事クーデター以降内戦状態にあるミャンマーへの姿勢は対照的で、避難民支援は消極的だ。ミャンマーは元来親日的であったが、民主化を望む多数派の国民のあいだで日本政府への不信が広まってきている。ミャンマーで予防歯科などのボランティア活動に長年従事してきた松本敏秀氏(「福岡・ミャンマー友だちの会」代表)は、早く対処しなければ、対日イメージが悪化し、今後の両国の交流・協力関係に悪影響をおよぼしかねないと懸念する。
──コロナ以降、ミャンマーには行けないでいるとのことですが、現地の日本人はどのような状況でしょうか。
松本 ヤンゴン日本人会には多い時には1,000人以上がいましたが、現在はかなり減っています。ただ、日系企業のなかには、駐在員をヤンゴンに戻し始めたところもあるようです。政府からのODAは、新規供与は中断していますが、建設中の病院や運営事業など、契約の都合上、打ち切ることができないプロジェクトの遂行のため、関係者を戻しているようです。
ミャンマーは海外からの投資を呼び込むため、4月1日から商用ビザ(Eビザ)の発給を再開しています。そのこともあり知人から、政情が安定化し、安全になったのかと聞かれることもあります。しかし、日本でのミャンマー関連の報道が減っただけで、実情はこれまで述べたように以前とはまったく異なります。私個人としては、もう少し状況を見極め、身の安全が確保できてからの入国を勧めます。
なお、ヤンゴンの4月半ばの今ごろは、最も暑い季節で日中は40度を超えます。現在は停電が頻繁に発生し、毎日8~9時間停電となり、水を汲み上げるポンプも十分に使用できないため、水の供給も不足がちと聞いており、工場の操業や生活面では苦労が多いと思います。
欧米諸国は経済制裁を行っているため、欧米の企業はミャンマーから手を引いていますが、日系企業は残っています。ミャンマー経済の8割以上は軍の関連企業によって担われていると言われており、進出企業が大きな事業を行おうと思えば軍関連企業と手を組まざるを得ないため、政府としても軍部への批判を躊躇する構図が存在しています。民主化により軍の経済支配という側面がカモフラージュされていましたが、実態は変わっていません。
──日本はミャンマーにそれだけ多く投資してきたということですね。
松本 日本政府は11年以降、ミャンマーに対しODA(政府開発援助)で総額約2兆円など支援を行ってきました。ヤンゴン郊外においてティラワ工業団地の整備を進め、日本企業の進出を支援し、20年末時点で433社が進出しています。少なくとも半分以上、おそらく大半の企業が軍と関係を有しています。日本政府としては、軍を批判すれば、施設を破壊され、それまでの投資が無駄になってしまうかもしれず、企業としては投資後の利益回収局面で撤退するわけにもいきません。
団地から日系企業が撤退すれば、中国企業などがやってきて代わりに施設を使われてしまうかもしれません。進出企業は非常に難しいかじ取りを迫られています。
ただ、このような状況を生んだのは、日本政府がミャンマーに肩入れをし過ぎたためだと思います。一方で、アメリカの企業はそれほど進出しておらず、ミャンマー国軍側とも親密な関係を築いていません。もっとも、人権問題に厳しい世論を気にしているアメリカが、人権侵害に比較的甘い日本を、裏からミャンマー支援の前面に立たせたのではと、訝る向きもあります。日本では、昔からの親日派のためにミャンマーに投資を行うといえば、日本国民の理解を得られやすいことも背景にあると思います
こうした事情は一般のミャンマー人の間でも知れわたっています。クーデター後、日本政府とミャンマー国軍とのコネクションが良い方向に働けばよかったのですが、軍事政権の支配の抑制という方向には働きませんでした。ミャンマー人は、日本政府はミャンマー国軍に取り込まれているのではないかと思い始めました。政府の行動が具体性をともなっておらず、岸田首相が難民を受け入れると言っていても、ミャンマーの避難民はほとんど受け入れていません。ミャンマー人はそのことをわかっています。
さらに日本財団、日本ミャンマー協会などは、民間団体とはいえ日本政府の意向を伝える特使で、ミャンマー国軍を支援しているものと見なされています。なかでも、21年11月の国政選挙に際し、その選挙を有効と認めた選挙監視団の団長笹川陽平氏らは、国軍と民主派双方の話を聞き、選挙にほんとうに不正があったかの事実を検証すべきです。今回のクーデターは、選挙に不正があったとの理由で、国軍が一方的に起こしたものです。民意を示した選挙結果に、国軍が難癖をつけたようにしか国民の目には映らず、双方の対立は今後も収まらないと思います。
日本は国軍に日系企業の保護を依頼することで進出している大企業などを守ることができたかもしれませんが、ミャンマー人の親日感情は徐々に損なわれてきています。対日感情の悪化は、相対的にアセアン諸国や韓国などに若い人材が流れることに結びつきます。日本国内で人材を必要としている介護、製造、建設、農林水産の各事業を営む中小零細企業にとっては、将来大きな問題になる恐れがあります。
信頼関係はちょっとしたことで失われます。私はボランティアとして関わっているにすぎませんが、今後経済活動においても大変な影響をおよぼすと危惧しています。
(つづく)
【文・構成:茅野 雅弘】
<プロフィール>
松本敏秀(まつもと・としひで)
1983年九州大学歯学部卒、87年同大学院歯学研究科博士課程修了後、同大小児歯科に勤務。96年松本こども歯科クリニックに開院、2011年同クリニックを閉院し、ミャンマーなど東南アジアでのボランティア活動を開始。12年「福岡・ミャンマー友だちの会」を設立、代表に就任。この間、九大歯学部非常勤講師、臨床教授、卒後研修医指導医などを兼任。2019年西日本国際財団第20回アジア貢献賞受賞。関連記事
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