2024年12月29日( 日 )

『PLAN75』の意味するもの(前)

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大さんのシニアリポート第113回

 『PLAN75』(監督・早川千絵)に、カンヌ国際映画祭で新人監督賞にあたるカメラドールの特別賞が授与された。ただし、これは私が2年ほど前に見たオムニバス版とは別物で、完全リメーク版である。オムニバス版では川口覚(市役所の担当職員役)を中心に進められたが、リメーク版は倍賞千恵子を主演として、役者の顔ぶれも全面的に変えた。

 ただし、「安楽死」というテーマに変更はない。私はリメーク版を見ていないし、今後も見る予定はない。それほどまでにオムニバス版に感動したからだ。『PLAN75』がいう、「利益を国や社会に還元できない高齢者などは不要」とする超高齢化時代がもたらす不安を再度検証してみたい。

サロン幸福亭ぐるり    オムニバス版は、映画監督の是枝裕和氏がプロデュースした『十年 Ten Years Japan』の一作品である。是枝が選んだ5人の新進監督が、「10年後の日本」を脚本・制作した。いずれも起きるであろう日本の近未来を描いている。

 『PLAN75』は、高齢社会を解決するため、75歳以上の高齢者に安楽死を奨励する国の制度である。将来に希望を見いだせない高齢者に、市役所の伊丹(川口覚)が死のプランを勧める。「ただ、膏薬を貼るだけ。痛みも不安もありません。支度金として10万円差し上げます。好きなようにお使いください」という。

 10万円を受け取って笑顔を見せる高齢者。プランの対象は貧乏な高齢者。関係部署の課長はいう。「裕福な高齢者は、消費することで国に多大なる貢献が期待できる。貧乏な高齢者は、国の金を無駄遣いするだけだ」と。生産性の見込めない不要な高齢者を始末する政策である。

 監督の早川氏は、この作品の制作意図を「社会に蔓延する不寛容な空気に対する憤り。
 それがこの作品を作る上での原動力でした。弱者に対する風あたりはますます強くなり、“価値のある命”と“価値のない命”という思想が、世の中にすでに生まれているような気がしてなりません。他者の痛みに鈍感な社会の行き着く先が、どのような様相を呈するか、『穏健なる提案』を映画で表現してみたいと思いました」と『十年』のパンフレットで述べている。

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 『PLAN75』は「高齢者不要説」を極端なかたちで表現した作品ではある。それでも「あり得る」と思わせる作品になったのは、早川のいう「価値のある命」と「価値のない命」という差別的な意識が我々のどこかにあるからだ。個人資産のない貧困世代が高齢者の大半を占める時代がやがて来る。『PLAN75』を荒唐無稽と嘲笑できない時代が来る。

 生活困窮者には生活保護という最終的なセーフティーネットがある。ところが生活保護受給が可能な階層で、実際に受給しているのはわずか2割。8割が需給の申請をしていない。そういう人たちは生活保護受給者以下の生活を強いられているということだ。

サロン幸福亭ぐるり    リメーク版で主演を倍賞千恵子に決めた理由を監督の早川は、「ミチ(倍賞)に同情したり、かわいそうと思ったりしてほしくなかったんです」「観客がミチの人間性に引かれるような映画にしようと思い、凜としたたたずまいの倍賞さんに演じてほしいと考えました」(朝日新聞2022年6月24日)と答えている。

 ミチのファーストシーンは、清掃の仕事の手を止めた彼女が、観客に向かって強い視線を投げかける。映画では役者がカメラを見ることは基本的にあり得ないという。倍賞も、「最初は『なんで見るんだろう』と思いました。ただ、映画を見た人の印象にとても残るみたいですね。さあ、あなたにも起こる話ですよ、というね」(同)。ミチの視線が、これから起こる出来事が他人事ではなくなることを語る。口数の少ないミチは、尊厳死を選ぶ理由さえセリフにはない。「こういう役にずっと憧れていたんです」と倍賞。

 倍賞は監督の早川のことを愛情込めて「『えーとの千絵ちゃん』と呼ぶ。俳優の演技に納得がいかないと、『えーと、えーと』と言いながら傍らにやって来て、ぼそぼそと説明する。およそ監督らしくないが、『その言葉でスーッと役に入っていけた。魔法にかかったよう』と倍賞は評する」(朝日新聞22年6月20日「ひと」)。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(後)

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